これはCa満点ぺろぺろキャンディ味

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これはCa満点ぺろぺろキャンディ味

 癌でなくなった父の葬儀を済ませ、遺体の火葬が終わるのを待っていた。子どもたちとただ静かにじっと長椅子に並んで座っている。悲しみに暮れる訳ではない。しんみりとした周りの空気がただそうさせているだけ。子どもたちと遊ぶことは殆どなかったし、騒がしくするとすぐに怒鳴る父はあまり慕われていなかった。だからこそ、父が亡くなったとしても私を含め、子どもたちも涙を流さなかった。 「お待たせいたしました」  担当者の方がやってきて、うやうやしく頭を下げる。案内されるがまま、5番と書かれた部屋へと入った。まだ残るむわっとした熱気と、父の面影を残さないぼろぼろのお骨。目の前の光景が少しだけじわりと滲む。これが本当に最後だと思うと、枯れたと思っていた涙も戻ってきてくれたようだ。 「あれ?なにこれ?ねえねえ、お母さん」  お骨を覗き込んだ娘が驚いて、私の袖をぐいぐいと引っ張った。こういう場で行儀が悪いと窘めながら、娘の示す方を見遣る。すると、娘が驚いていた理由が分かった。  お骨の左胸の辺りが、ぐるぐると渦を巻いていたのだ。  大小異なる背骨や肋骨、腕骨などがぐるぐると綺麗に渦巻き状になっている。お骨を見る機会などそうそうないが、普通に焼いただけではこんな風に渦を巻いたりしないだろう。まるで誰かが渦巻き状にお骨を並べたように見えるが、さすがに火葬場の関係者がそんな不謹慎なことはしないはず。 「あの、これ……なんですか?」  娘が恐る恐る担当者に聞いてみた。すると、ああ、と零した担当者はにっこりとこの場に相応しくない笑顔を浮かべた。 「たまにあるんです。お骨が渦巻き状になることが。ですが決して悪い意味ではありません。渦巻きは解脱など、古来より良い兆候とされています。きっと生前善い行いをし、徳を積まれた方なのでしょう。だから天国へ迎えられた。これはその証です」  その説明を聞いて、納得がいかない表情を浮かべる子どもたち。確かに、父は誰かから恨まれこそすれ、徳を積むような行いをする人には思えない。まあ、父がどういう人であって誰から好かれ誰から恨まれていたとしても、私たちには関係のない話だ。一番身近だった私たちに愛情を注いでくれなかったのだから。心の中でそんな溜め息にも似た思いを抱きながら、黙々と骨上げを済ませた。  家に向かう道中、私は車の中でぼんやりと祖母のことを思い出していた。祖母は昔話が好きで、幼い頃に色々な話を聞かせてもらった。その中に『底なし沼』に纏わる話があって、この地方の底なし沼はお腹が空くと沼に渦が現れて、悪さをした鳥や獣、果ては人までも飲み込んでしまうという話がある。底なし沼は地獄に繋がっていて、渦に飲み込まれたものはそこへ落ちてしまうそうだ。  父の遺骨の左胸にあったぐるぐるの渦巻きは、火葬場の担当者が言っていたような良い兆候なんかではなく、父が地獄へ落ちた証なのではないだろうか。左胸ということは心臓の位置。心臓は心が宿る場所。もし、渦巻きが解脱を表すのなら、きっと中心から外側へ回っていくはずだ。でもそれなら、渦が左胸の辺りだけにあるのはおかしい気がする。だって、渦は外へ回れば回るほど大きくなるのだから。途中で終わっているのはどうしてだろうか。一定の大きさで止まり円を描き続けるなら納得がいくが、それを解脱と呼べるのか。いや、円錐状に渦を巻いて昇ったのなら、それは解脱とも呼べるか。  善人だと言われると納得がいかないが、どうしても地獄に落としたい気持ちがある訳ではない。火葬場の悪戯など作為的なものではなく、人智を超えたことなら私には答えを知ることはできないだろう。  でももし、父が地獄に落ちたのであれば。  私もいつか地獄へ落ちるのかもしれない。ぐるぐると渦を巻いて。
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