これはプリティに魅入られた画家味

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これはプリティに魅入られた画家味

 ある日、友人から深刻な顔で相談を受けた。それは、最近ずっと体調が悪く、病院にかかっても原因不明だという。看病ついでに家へお邪魔すると、そこで以前にはなかったものを見つけた。  青いドレスとふんわりした笑顔が可愛らしいフランス人形の絵画だった。  体調が悪そうな友人に申し訳ないとは思いながらも、絵画について聞いてみた。どうやら、海外の無名な写実主義の画家の作品らしく、友人が叔父と行った海外旅行先で露店商からすすめられ購入したものだという。  絵画の裏に名前があるというので見てみると、確かに聞いたことはない名前だった。気になった私はスマホを取り出して、その画家に関してを調べてみることにした。すると、いくつかのサイトに行き着く。昔とは違い、今は有名でなくとも全世界にネットという形で拡散できる時代に感謝しながら読み進めた。  その画家は青年時代から仕事の合間にずっと絵を描いていたそうで、写実主義を掲げ風景画を主としていた。彼は三十歳までに四十枚の絵を完成させ、絵を売った二束三文のお金を貧しい生活の足しにしていたという。  ところが、あるときを境に彼の作品に変化が訪れた。  今までは風景が主であったのに、突然ある一体のフランス人形だけを描き始めたというのだ。他のものには一切目もくれず、ただただ一心不乱にそれだけを。享年五十歳。死因は不明だったそうだ。  彼の死後、残されたアトリエには、五十枚を超えるフランス人形の絵があった。それを見つけた人は、何かに取り憑かれたように、狂ってしまったかのように同じ人形の絵を描き続けた彼に恐怖したという。  そこに在るものを在るままに描くのが写実絵画。もちろん、同じものを描いたとしても、作者によって絵具の使い方や陰影の作り、感性などによってその味わいは大きく異なる。同じ作者であっても、何かに影響を受けたり年代が違えば変わる。  彼が描いたフランス人形の絵も、例に漏れず違いはあった。しかし、その違いは普通ではあまり考えられないようなものだった。それは、である。人形を描く角度は正面や斜めなど様々。光の加減も夕陽やライトなど時間帯により様々。それは理解できる。  だがしかし。  人形の表情が違うのはどういうことなのか。人形の顔は特に理由がなければ多くは無表情である。角度によって笑っているように見える人形もあるため、無表情の絵と笑っている絵が混在することもあるだろう。しかし、描かれた人形の表情は怒っているものや泣いているものさえあるのだ。  描かれたのは同じフランス人形ではないのか。表情が様々な同じ格好をした人形があるのならそれも納得はできる。しかし、彼の描くフランス人形には、同じ場所に細かな傷や染みが描かれていた。複数の人形に同じ傷、同じ染みが同じ場所にできるとは考えにくい。  つまり。描かれているのはすべて同じ人形だということだ。  在るものを在るがままに描く写実主義の画家が、果たして人形の表情を変えて描くだろうか。もちろん、芸術の世界など私たち周囲が気づきもしない変化やこだわりもあることだろう。だからこそ、それを思えば何らおかしいことはないのかもしれない。  それでもやはり。何かに取り憑かれたように同じフランス人形を描き続けたことを考えれば、狂気じみた何かや、人形自体に何か曰くがあったのかもしれないと思える。たとえば、狂った画家には人形の表情が変わっているように見えたか、本当に人形の表情が変化していたなど。  友人と話した結果、体調不良は旅行から帰ってきてからだというので、やはりフランス人形の絵が原因かもしれないということで一致した。すぐにお寺へ相談してお祓いを受け、絵画は丁重にお焚き上げしてもらい、すっかり元気を取り戻したそう。  そんなことがあったせいか、美術品や骨董品の謂われを気にするようになった。
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