これはイッツショータイム味

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これはイッツショータイム味

 ある朝、郵便受けから取り出した新聞に見慣れない便箋が挟まれていた。赤地に豪奢な金色の装飾が施されたそれには、高梨祐実(たかなしゆみ)様と私の名前だけ書かれており、差出人の記載は何もない。不思議に思いながら中を開いてみてみると、これまた豪奢にラミネート加工された紙が一枚入っていた。 「何だろう、これ。チケット?」  駅前にあるホールで開催されるショーのチケットのようだ。しかも、今巷で人気があり過ぎて毎回一瞬で売り切れてしまう『八千代の風』の公演チケットだった。 「でも応募なんてしてたっけ?」  前から興味はあったので嬉しいのだが、応募なんてした覚えはない。  でもそういえば、最近契約した乳酸菌飲料の特典で何かのチケットがついてくる、とか何とか言っていた事を思い出した。こんなレアなチケットが特典なら安い買い物だったと、遅れてお得な気持ちになる。これはもう、行くしかないでしょ。  土曜日。  駅前のホールにやってきた。朝から気持ちが高揚して少しばかり早めに着いてしまった。  チケットには演目の記載がなかったため館内の案内板で確かめてみたところ、今日の演目は『コッペリア』のようだ。  コッペリアはポーランドの農村が舞台。村の青年フランツが人形だと知らずにコッペリアに恋をする。そのせいでフランツは恋人であるスワニルダと喧嘩をしてしまう。その後、なんやかんやあってコッペリアが人形であることを知り、誤解は解けて仲直りする。そして二人はめでたく結婚する、という話だったか。うん、楽しみだ。  劇場に入ると、時間はまだ早いというのに観客席はほぼ満席状態だった。チケットに書かれた番号の席、三列目中央という良席を目指し、すみませんすみませんと言いながら細い通路を通っていく。  着席して一息つくと、不思議と緊張してきた。他の人もそうなのだろうか、劇場は物音ひとつせず不思議なほどにしんと静まり返っている。  十数分後、開演のブザーが鳴る。幕がゆっくりと上がっていくと共に、私の興奮も高まっていく。  けれど、待っていたのは私の想像とはかけ離れたものだった。  広大な舞台上の上にポツンと、村を模した人形劇の台が置いてあった。ポカンとしている私を置き去りにしたまま、登場した人形たちにより劇は進んでいく。  たしか八千代の風はバレエ団で、人形劇団ではないはず。名前が同じなだけで他の劇団だったのだろうか。それにしたって、人形劇ならこんな大きなホールを使う必要はない。前列の私はよく見えるが、後部の客はたまったものではないだろうに。まあ、今のところ文句は出ていないようだし、勘違いしていた私と違ってこれを見に来ているということなんだと納得する。 「スワニルダ、やっぱり君とは一緒になれない」 「何を言ってるのフランツ!コッペリアは人間だったのよ?私たち人形と一緒になれるわけないじゃない!」 「大丈夫さ。彼女にも人形になってもらえばいい!コッペリウスがその方法を知っているんだ!」  私が知ってるものとは真逆の展開に、思わず驚いた。あまりにも大胆な演出に、この先の展開にある意味関心が出てくる。 「さあ、今日は僕たちにとって記念日だ!盛大に祝おう!」  フランツが客席に向けて拍手を求めると、周りの観客が一斉に手を叩き始める。  カンカンカンカンカンカンカンカン!  場内に響き渡るのは聞きなれた拍手の音ではなく、拍子木を打ち鳴らしたような音だった。  一体何事かと右隣の人に目をやると、沢山の目玉と目が合う。右隣の人だけでなく、その列に居る人、いや、それだけじゃない。周りの観客が全員いた。生気のまるでない無機質な表情。それはまるで、精巧な人形のようだ。  違う。人形なんだ、観客も全部!  急いで逃げようとしたその時、腕を掴まれ耳元でフランツの声が囁く。 「会いたかったよ、コッペリア」
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