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これはイカレタ病気味
俺は悪い夢でも見てんのか?それとも頭がおかしくなっちまったのか?わからねえ、なにもわからねえ。あいつらがおかしいのか、それとも俺がおかしいのか。それともどっちもイカレちまったのか。だが自分を信じるなら、あいつらに捕まるわけにはいかねえ。絶対に。
「どうなってやがんだちきしょう!」
苛立ちを抑えられずに、壁を思いきり殴りつけた。
「ここに居たんだ、春樹君。早く病院に行かないと」
背後から心配そうな夏目の声がした。しまったと心の中で舌打ちしながら、恐る恐る振り返る。そこには、夏目の後ろ姿があった。だが、あいつはもう俺の知ってる夏目じゃねえ。ただのバケモンだ。
数時間前。
久しぶりに夏目と週末デートすることになり、駅前で待ち合わせしていた。寝坊して待ち合わせ時刻ぎりぎりになりながら、駅前に全力で走る。改札口で見慣れた後ろ姿を見つけ、近づいていく。
「夏目、待たせたな」
そういって、俺は夏目の細い肩に手を置いた。
「ううん、大丈夫……って春樹君!?どうしたの!?」
俺に気がつくと、夏目は振り向きもせず慌てたように俺の心配をし始めた。走ったから息が少し切れてるだけで、他は何ともない。何をそんなに慌てているのか。
「んなことより、どこ向いて喋ってんだよ」
そういって、夏目の肩をぐいっと引っ張りこっちを向かせた。だがその瞬間、俺の頭は数秒間思考が停止した。
夏目は確かに振り向いたはずなのに、目の前にあるのが後ろ姿だったからだ。
勘違いだったかとそっと前に回り込んで顔を覗くと、そこにあるのは紛れもなく後頭部だった。前にも後ろにも後頭部と背中がある。いや、どっちが本当の前だか後ろだかはよくわからねえが、どっちも後ろだ。
「ひっ!!」
理解の範疇を超えた状況に、思わず夏目を突き飛ばして後退る。
「春樹君……病院に行かないと!」
後ろ向きのまま、夏目が俺に詰め寄る。その光景はあまりにも奇妙で不気味だった。気持ちが悪くなった俺は、夏目から逃げるようにして走り出した。
逃げ回っている最中に何人か通行客を見かけたが、皆夏目と同じ”後ろ姿人間”だった。まともな人間は俺一人だけなのかもしれない。早く逃げねえと。捕まりでもしたら何をされるかわかったもんじゃない。
「うっ!」
走り出そうとした瞬間、身体が痺れるような感覚に襲われ立っていられなくなった。ついにバタリと倒れると、遠くで男の声が響く。
「今だ!総員確保!未知のウィルスかもしれん!警戒を怠るな!」
「春樹君ごめんね。でもこれはあなたを助けるためなの」
近づいてくる沢山の足音を遠くで聞きながら、プツリと意識が途切れた。
ぼんやりと意識が戻ってくる。身体は縛られているのか動かすことはできない。まだ朦朧としているせいで、言葉を発することもできそうにない。
すぐ傍で男女が会話をしている。
「これは見たことのない症状ですね」
「ああ、かなり酷いな……」
「この赤い腫瘍の裂け目、中に白色の硬い物体が沢山ありますね。なんなのでしょう」
「わからん。この隆起した部位に空いたふたつの穴も、この薄い皮膚の下にあるふたつの球体もそうだ。それに頭部だけじゃなく、全身にそれぞれ異なる症状が見られる。これは手強いぞ」
「患者は19歳で今まで報告もなかったことから、後天性のものである可能性が高そうです」
「ウィルスならパンデミックの可能性もある。至急接触者を洗い出して一時的に隔離しておくように要請してくれ」
「わかりました」
カチャカチャと金属がぶつかり合う細い音が響く。
「では頭部の切開から始めるか。メス」
切開!?おいおい冗談じゃねえぞ!
違う、俺は病気なんかじゃない!話を聞いてくれ!頼む!
やめろ……やめろやめろ!やめてくれえぇぇぇぇえぇえぇぇぇぇぇぇえっっ!!
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