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これはうーうーふぃーらいへぶん味
この村には、古くからある言い伝えがある。
村外れにある口の塞がれた枯井戸はあの世に繋がっており、覗き込んでしまうと悪いものに憑かれて気が狂ってしまうそうだ。しかし、脅し文句に使われることはあっても、その井戸がどこにあるかは誰も知らない。噂では、神鳴山に続く道に板で塞がれた脇道があり、その先に井戸があるといわれている。そんな存在が曖昧な井戸を探してみようと、日が落ちた道の入り口に悪童三人が集まった。
「お!早速なんか立札があるぞ!」
真っ暗な道を懐中電灯の明かりだけを頼りに、三人寄り添って進むこと五分。左へと続く細い道の真ん中に、入り口を塞ぐように立札があった。
「なになに……これより先立入り禁止?ふーん、行こうぜ」
悟は興味無さそうに呟くとなんの躊躇いもなくずかずかと進み始める。
楓とお互い顔を見合わせて、ここまできたら行くしかないと諦めながら頷く。遠くに離れた悟の背中を、二人で急ぎ追いかけた。
「おい、これみてみろよ!」
突然、悟が興奮気味に叫んだ。
促された先を見ると、そこには苔むした石積の古井戸があった。井戸の口は木の板で塞がれており、幾つかの丸石が乗せられている。
「や、やっぱりやめようよ……」
「僕も止めた方がいいと思う」
井戸を前にして震え始めた楓は流石にもう限界のようだった。僕もなんだかこの井戸には近づかない方が良い気がしたので、同じく止めるように言ってみた。しかし、悟は聞く耳を持たない。わくわくした表情で上に乗っている丸石と板をどけた。そのまま懐中電灯で中を照らすように、井戸を覗き込んでしまう。
それを、僕と楓は少しだけ遠巻きに見ていることしかできなかった。
「なんだよ、なんにもないじゃ……ん?なんだあれ?」
井戸の中に何かを見つけたようで、悟は静かに見守っている。そして、十秒ほどが経過した時だろうか、悟は持っていた懐中電灯をぽろりと井戸の中へと落とした。
「あー、あー、あー……くひっ、きひ」
小さな声で何かを呟き始めた悟は、スローモーションのようにこちらを振り向いて、歩いてくる。
「あひはへへはへひひひはぐひはうはへへいひひひひひひひひ!」
そして、狂ったように笑いながら、走りだす。その不気味な光景を目の当たりにした僕たちは、迷わずに来た道を全力で引き返す。
「へはいひゃひへへはふ!いはひいひひひひ!」
怖さのあまり振り替えることはできないが、笑い声が一向に遠ざかってはくれないところから悟はまだ追いかけてきているようだ。
「ねえ、あそこ!」
楓が指をさした方向には小屋があった。村へ逃げるには距離があり体力的にも厳しいので、一旦隠れることにしよう。小屋へ飛び込むと手近な棒を閂代りにし、扉が開かないように押さえつける。相も変わらず奇妙な叫び声をあげている悟は、拳が壊れるかもしれないことなどお構い無しに扉を力強く叩き続ける。扉がミシミシと音をあげる度に、僕の心臓がバクバクと跳ねた。
「……?」
なんの前触れもなく突然、悟は扉を叩くのを止めた。笑い声もしなくなった。
「どこかいっちゃったのかな?」
「さあ……でも、まだ外は危険だよ」
悟は一体何を見てああなったのか。言い伝えは本当だったのか。あれはなんなのか。僕たちはどうすればいいのか。
「楓?そこにいるの?」
一体どうしたものかと考えていると、扉の外から聞き覚えのある声がした。
「ママ!」
「そこにいるのね?まったく、こんな時間に出歩いたりして。あっちへ行くわよ、はやくここを開けなさい」
「うん!」
楓は安堵して涙目になりながらも、扉の閂を外していく。
良かった。いったいどうなることかと思ったけど、なんとか無事に済みそうだ。この後親から大目玉をくらうだろうが、それくらいなら問題ない。それほど怖かったのだから。
閂を外し終わった楓が、扉を開けて外に飛び出した。だけど、そこに待ち受けていたのは楓の母親ではなかった。
「いひひひひひひひひ!」
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