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「ライアン、ライアン。起きれるか?作業は出来そうか?」
朝食を終えたMに再び起こされる。目を開けると、マシューとブラッドリーも立っていた。
「……うん。だいぶ良くなった。M、さっきは悪かったね」
照れくさそうに苦笑いを浮かべるライアンを見て、マシューとブラッドリーは顔を見合わせた。本来の彼に戻っているからだ。
「……はあ、朝食を食べ損なった」
「案ずるな。特別に……ほら」
Mが朝食の乗ったプレートを背後からプレゼントのように差し出した。
「ああ!……ありがとう、本気で助かった」
「さっさと食っちまえよ」
「うん」
「ライアン?お前、ずいぶん調子いいな。減薬に慣れたのか?」
ブラッドリーが不思議そうに尋ねる。
「またすぐ戻るよ。今は何というか……偶然まともになってるだけだ」
「そんなことあるんだ。でもこのまま調子が良ければ、今日こそ勉強を進めよう。僕はもう君よりだいぶ先に進んじゃったけど、今日1日、少しでも進められるように手伝うから」
「ありがとうマシュー。……その時間までこれが保つことを祈っててくれ。」
「ライアン、ひとつ聞くが、お前実はバカのフリして長い時間をかけて俺たちを騙してるとかじゃないよな?初めて会ったときからずっと思ってたが、ホントのところどうなんだ?」
ブラッドリーが恐る恐る尋ねる。
「正気に戻るといろんな奴に言われるよ。そうならいいよな。……でも正気に戻ってるあいだも、ふと"クロエ"のことを考えたりしてるよ。そんなわけないって何度振り払っても、違うってわかってても、つわりで吐いたりしてる。だから想像妊娠は続行中だ。洗脳は怖い」
この年ごろにそぐわない、憂いを帯びて翳りのある笑みを浮かべる。それでも皆、ライアンの笑顔を見れて心から安堵した。いつものライアンもかわいいが、正気に戻ったライアンは、どこか余裕があって凛々しくていい男だ。これで腕っぷしが強ければ、もっとも世話係に向いているのはライアンであろうと、正気に戻った彼を知る者はみんな思っていた。
だからこそ、以前の更正プログラムが継続されなかったことがより悔やまれるのだ。Mはライアンの笑顔を見て、できれば今日中にでもローレンスの腹の内を探らなければならないと強く思った。昨夜アダムから、今日の学習時間を使ってローレンスと面談をするとの連絡があった。時間は10時。
「マシュー、済まない。どうにかすぐに終わらせるから、俺が戻るまで持ち場をしばらく任せていいか?」
「いいけど……何するの?」
「B棟に行ってくる。」
「B棟?」
「アダムに伝えたいことがあってな。頼んだ」
「看守になんか言われたらどうすればいい?」
「今日の作業部屋の担当に俺から話しておく」
そう言い残し、Mは部屋を出て行った。
「あいつの特別待遇はいったい何なんだ?俺なら殴られるぜ」
ブラッドリーが頬を掻きながら言うと、マシューが「たぶん僕たちとはケタ違いのワルなんだよ」と返した。
「車上荒らしじゃねえのか?」
「そんなセコい犯罪者が、世話係をやれる器なんて持ってない気がする」
「じゃ何なんだ?」
「さーね。でも根っからの悪党では無いと思う。ああいうおとなしいフリした悪い奴はいっぱい知ってるけど、Mはなんか……なんにも考えてないタイプの人だ」
「良いのか悪いのかわからん」
「良くも悪くもないんだよ。きっとね」
2人の会話を聞きながら、ライアンは急いで身支度をした。
彼が何者であるのか、ライアンにとって知る必要はないから積極的に調べることはしていないが、Mの顔はなんとなく見覚えがある。しかし名前が違う。武器や兵器の密売人として、その筋においては名を世界中に轟かせた大悪党、シン・シモンズ。だが彼はイギリスの生まれであり、違う国のこの施設に収監されるはずはない。
はずはない……のだが、巨大マフィアのゴッド・ファーザーや、あの有名な麻薬王のように、顔自体はあまり世間には知られていないものの、幼いころにチラリとニュースでその顔が流れたのを見たことがあるような気がする。
だが何者であろうと、ライアンはMのことが好きだ。だからここにいるあいだ、彼は彼のままであればいいのだ。あと少しで居なくなるのは寂しいけれど、彼を見てきたからこそ強くなろうと思えた。
ライアンはこの気持ちを忘れたくなかった。だがニコルソンに飲ませてもらった薬の効果が切れれば、きっとまたぐずぐずと甘えてしまうのだ。早くどうにかしなくてはならない。でないと、Mが消えたら流されていくような気がした。
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