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「首謀者は誰になるんだろうな」 消灯前の広間で、M、ライアン、マシュー、ブラッドリー、ユアンのいつもの面々が中央の机に椅子を並べて集まり、机上にはライアンとマシューの勉強道具が置かれていた。しかしライアンはすでに"妊婦"に戻っており、力なく机に突っ伏している。 「アルかロバートだな。いつものごとくシマの奪い合いか、どさくさ紛れに今度はフリーマンを殺るかもしれねえ」 「ヨハンソンを殺ったのはやっぱり2人のどっちか?」 ユアンが聞くとブラッドリーは肩をすくめたが、「そうとしか思えん」と答えた。 「いずれにせよ噴火は近い。アルは俺たちには近付かねえからそんな予兆も見せやしねえけど、エイディーやBJやキースを早くも毒牙にかけやがった。アルもロバートも間違いなく顧客の争奪戦と、プッシャーの確保に躍起になってるだろう。欲しいやつらの欲求も最大までふくれあがってる。今まさに暴動が起こったってなんの不思議も無いぜ。俺たちはいま限界まで空気をブチ込んだ風船の中だ」 「うん。でもさあ、もういっそのこと破裂しちまえって思う。ピリピリして、みんな毎日くだらないことでイラついてる。理事会も何をしたいんだかよく分からないし」 「だが暴動を起こされると、無関係な俺らにはクソ面倒だし迷惑だ。規則も厳しくなって、また面会と電話を規制されるぞ。電話がなくなったら死んじまうよ。子供の声を聞けなくなる。全員が暴動に関わったと見なされりゃ刑期を延ばされる可能性だってあるぜ。ただでさえまだ2年もあるのに、それ以上増えたら俺はいよいよ家族に忘れられちまう」 「まあ、フリーマンなら確かにやりかねないか」 「ここぞとばかりに何だってやるさ。むしろ俺たちとあいつらの全面戦争だ」 Mは2人の会話を黙って聞きながら、手グセで鉛筆をくるくると回していた。ライアンは眠たそうにあくびをし、マシューはライアンが「戻って」しまったので、教えるのを諦め自分の勉強に取りかかっている。 「……ライアン、もう眠いか?そろそろベッドに行けよ」 ブラッドリーがぐったりとしたライアンの頭をノックした。 「……ジュードに会いたい」 「ジュード?……ああ、クロエのか」 「ライアン、ジュードのことお気に入りだもんな。Mの次に」 ユアンが笑う。 「クロエが会いたがってるから。……パパはジュードしかいないもん」 「そんなに奴とのセックスが良かったか。早く戻るといいなあ」 「……ジュードはもうすぐ帰ってくる」 突如、Mがぽつりと言った。 ライアンは突っ伏したままMを見る。 マシューも手を止め、ブラッドリーとユアンは目を丸くした。 「なぜ知ってる?」 ブラッドリーが問う。 「フリーマンから聞いた」 「どうして看守長がそんなことを?」 マシューが訝しむ。 「……独房に移されてたベンとフォスターとアレクが、ここ1週間のあいだで全員このA棟に戻されてきただろう。だが3人とも独房に収監された時期はバラバラだ。なぜかと思ってな。さっきフリーマンに呼び出されたとき、ついでに聞いたんだ」 「なぜかと思って、ってのは?」 「そりゃ不自然だからさ。ベンは医務室からアルコールと薬品とハサミをくすねて3ヶ月前に独房行き、フォスターは面会室でよその面会者をぶん殴って2ヶ月前に、アレクは……ローレンスへの愛が高じて抱きついてキスしたせいで、危険人物とみなされて1ヶ月くらい前にブチ込まれていったな?……やらかしたことのデカさは多少バラツキもあるが、その3人がほぼ同時期にここに帰ってきたんだぞ。おかしいと思わないか」 「ジュードは何したんだっけ?」 「食堂で見張りの看守を蹴り、顔にガムを吐き捨てた。鼻の横にくっつけたんだ。だいたい半月前か」 「まあ、その程度なら半月は長いくらいだけどな。しかし……アホのアレクは置いとくとして、フォスターとベンの収監期間を考えると確かに少しおかしいな。どっちも同程度の罪だと思えるが、ベンは3ヶ月、フォスターは2ヶ月で戻されてきたってことか。しかもことの重大さで言えば、期間の短いフォスターの方が罪は重そうだよな。なんせ外部の人間に対して暴力を振るったんだから」 「そう。細かいことだが、まさにそうなんだ。それでフリーマンになぜかと聞いたが、定められた収監期間を終えただけだとしか言わなかった。もちろん納得はいかなかったが、それ以上掘り下げるのはよしておいた。だがその流れでジュードのことを尋ねたんだ。そしたら意外にもあっさり"明日には戻す"と言った」 「そうか……まあ、とりあえずよかったなライアン」 ブラッドリーがライアンの背中をポンとはたいた。しかしブラッドリーの気の抜けた顔は、Mの話を聞いてガラリと変わっていた。明らかに胸騒ぎを覚えている。ユアンも同様だ。ライアンを除いては、4人とも継続して計画的に犯行を繰り返してきた者たちである。それゆえ培われてきた元来の勘の良さが、なまぬるいこの空間で再びビリビリと回復し始めている。 「明日ジュードが帰ってきたら、独房には誰もいなくなる」 ユアンが言った。 「B棟はこないだロバートが出たきり誰も入れられてない。保護房も今は使用されてない。誰も収監されていないことなんて今まであったかな」 「あるとしてもしてカラッポになることは無えと思う」 ブラッドリーも、ようやくある推測に気がつき始める。 「つまり、と考えても不思議ではない。誰の意図かと言えば、むろん独房と保護房行きの決定を下す権限のある奴だ」 にわかに緊迫した空気の中で、マシューがとなりで椅子の背もたれに寄りかかって膝を丸めるライアンの肩に手をまわした。 「ライアン、ずっと教えてくれないけど、どうして君の赤ちゃんにクロエと名付けたの?」 問われると、ライアンは眠気と薬切れで焦点の定まらない目をしたまま、うすく笑った。 「ローレンスさんが……。」 ぼんやりと舌足らずな言葉を発する。しかしそれきり何も言わず、そのまま膝をかかえて黙り込んだ。 「ライアン、寝ようか」 マシューが耳元でささやくと、彼はうずくまったままうなずいた。そしてゆっくり立ち上がらせると、マシューは「寝かしてくる」と言い背中に手を回して彼の部屋に連れて帰った。 「……俺がたびたびフリーマンに呼ばれるのは、この棟の奴らの不穏な行動や言動を逐一報告するように言われてるからだ。定期的にそれを聞き出されてる。だが俺から奴に何かを報告することはほとんどない。だいたい世間話のようなもんで、いつも終わる」 Mが机上の勉強道具を片付けながら言い、ブラッドリーが苦笑いを浮かべた。 「やはりな。だが模範囚のお前が、そうやってたびたび呼び出されてどこかに連れてかれてりゃあ、フリーマンとのを疑うのは当然だ。みんなお前のことまで警戒して、誰もしっぽなんかつかませないだろう」 「ああ。素直に俺の前で悪巧みを話すのは、ベンを含めここに集まったお前らだけだ。だが俺は、アルやエイディーたちを除いては、基本的に誰のことも疑っちゃいないし、疑わしいことがあってもフリーマンにチクるつもりはない。はっきり言うが、俺はフリーマンかローレンスこそ疑わしいと感じていた。ローレンスと手を組もうかと試みたこともあったが、奴は頑として懐柔されない」 「そんな交渉してたんだ。ていうかそこまで話す?」 ユアンが笑った。 「俺はこう見えて秘密主義じゃない。だからこそ足がついて捕まった。だが何でもかんでも秘密にする奴は、どんなに口が堅かろうが決して信頼されない。仲間からもな。俺はお前らを信用してる。だからお前らに対して秘密にしてることは少ない。を面と向かって問われりゃ、さすがに動揺するけどな」 「そんな胸焼けのすること、別にわざわざ聞きたかねえから誰も聞かねえんだ。だまって勝手によろしくやっててくれ」 「よかった。安心した。ははは、まあそれはいい。だがな、フリーマンとローレンスのことも信用してる部分はある」 「どの辺を?」 「大した理由じゃない。ローレンスはああ見えて"博愛主義"なところがあるだろう。更生プログラム以外のことでは、けっこうマメに理事会と掛け合ってくれる。電話機もそうだが、ハンデのある奴らのために専門の介助士を呼んだり、作業の内容を変更させたり、困り事もあしらわずに時間を割いて相談に乗ってる。だからアレクみたいな奴に惚れられちまうが……ともかく奴は腹に一物あるとしても、やってることは充分に立派だと思う」 「あいつはアダムにも相当信頼されてるな」 「ああ。それからフリーマンだが……これもローレンスと同じ理由で、一部だけ信頼している」 「同じ理由?博愛主義ってこと?」 ユアンが怪訝な顔をする。 「ああ」 「バカ言え。奴はローレンスと真逆だ。弱者は死ねとしか思ってねえ」 ブラッドリーが嘲るように言う。 「だがライアンも奴のことは嫌っちゃいない。それは奴がライアンのことをきちんと気にかけてくれるからだ。そもそもローレンスが理事会に何かを掛け合うことを許可するのはフリーマンだぞ。電話機も介助士も、まずはフリーマンを介してからだ。すなわちフリーマンもローレンスと同じ視点を持っているということだろう。本当にただの独裁者のような性根の腐った奴なら、ローレンスの言うことなんか聞き入れないはずだ。第一この施設内で使える金だって限られてる。その中で囚人たちにコストを割いてるんだ。おかげでメシがゲロに近づいてるがな。だが、たまーにピザを出してくれる。奴なりに調してるんだ」 「うーん。……まあ好き嫌いは置いといて、ヨハンソンよりはマシな政治をしてるかもしれないとは思うけどね」 「……その上で、つまりお前は……いや、俺も薄々分かってきてるが……」 ブラッドリーは背後の監視カメラを意識し、けだるそうにくだらない話をするそぶりで切り出した。 「独房の件。そのローレンスに次ぐ博愛主義のフリーマンが、故意にオリを解放して、ベン達をここに戻したというんだな」 「……そういうことだ」 Mも同じく、だらしなく崩した姿勢で返した。
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