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Ⅵ
君がフリーマンに抱いた違和感と同様、ローレンスもいつもより饒舌であるように感じた。
もっとも、更生プログラムの件からどうにか話を逸らさせるためであるとは思う。だが俺の経験上、やはり何かを隠しているとどうしても人はいつもより口数が多くなる傾向にある。長年、複数の共犯者と関わってきて、どんな者でもこればかりはどうにもならないと感じた。
イーストウッドとのことも、君に言われたとおり少し突っ込んで聞いてみたつもりだ。それがひとつの揺さぶりになったかはわからない。
だが、いつも冷静な彼の顔色が明らかに変わり、わかりやすく嫌悪の色を浮かべていた。
やはり水面下で、あまり好ましくない関係にあるのかもしれない。もしそうだとすれば、彼が寝坊したことも、草の匂いをさせていたことも、イーストウッドと関係があるのだろうか。ただのマリファナ愛好家としてのつながりなら、まだいいのだが。
しかしローレンスがこの減薬に絡んでいるかどうかは分からない。ただ"その理由"は知っているような気がする。なぜならやはり、減薬による囚人たちの現状に対して、彼の対応があまりにも消極的に見えるからだ。「今はそれ以上騒ぐな」と暗に言われている気がしてならなかった。
君も俺も、暴動を目論んでいるのはフリーマンであるとほとんど確信している。そして君の恋人は、そのフリーマンに協力者があるとにらんでいる。
冷戦状態にあるフリーマンとローレンス。そしてローレンスと密接に関わっているであろうイーストウッド。減薬にあえぐ囚人たちと、強固に減薬を続行させる理事会。暴動の機を待つフリーマン。
しかし暴動を起こすとすれば、首謀者としていちばんに疑われるべきはアルかロバートだ。
この図式から見えることは、いったい何だ?
そしてこの中に、協力者につながる者はあるだろうか?
花壇のいつもの場所に埋められていたアダムからの手紙を、さっきマシューから渡された。雑誌を読むフリをして、食堂で昼食を食べながら、中に挟んだそれを読んでいる。
面会でのやり取りがこと細かに書かれており、彼らしい丁寧な内容だ。
アダムがローレンスと面会する日の朝、B棟に赴いたMは、ローレンスとイーストウッドとの関係を探り、それによってローレンスがどういう反応をするのか知りたいと伝えた。
ローレンスを好んでいるらしいアダムには酷なことだとわかっていたが、ニコルソンから聞いたことを話したら、存外にもアダム自身も両人の関係を疑っていたそうだ。そしてあのローレンスが寝坊して遅刻をしたこと、更にはマリファナを使用しているらしいということまで書かれていて、彼の身にのしかかる様々な重責への疲労を思わせた。
「M、今日も電話するの?」
向かいで昼食を食べていたライアンが、薬が切れかけているにも関わらず上機嫌で尋ねた。
ニコルソンから受け取った薬のおかげで、ライアンは本来の彼のまま、ジュードを迎えることができた。半月ぶりの再会を喜び、中庭でもずっとジュードのかたわらにいた。そして今もそのとなりには彼が座っている。
「なんだ、お前ついに電話をするようになったのか?」
ジュードは少し驚いていた。Mが電話をするところなど一度も見たことがないからだ。
「ああ。まあな」
「家族か?」
「恋人だ。俺は家族はいない」
「いつも面会に来る人だって」
「そうか……」
あの面会の日から、3日に1度くらいの頻度でビリーに電話をしている。毎日は迷惑だろうと思い控えているが、本当は毎日声を聞きたいのをこらえている。弱音は飲み込み、愛のささやきも通話記録に残したくないので、いつもくだらないやり取りをしている。
「ところでジュード、今さらとても気になったんだが、お前ずいぶん長い期間ブチ込まれてたな。独房に」
Mが言うと、同じテーブルにかけていたいつもの面々、そしてアレクがチラリとジュードを見た。
今の今まで上機嫌だったライアンは、やはり間もなく薬の効力が途絶えると見えて、突如いつものごとく襲ってきた偽のつわりのせいで具合が悪そうにジュードに寄りかかり、わずかに正気の残る頭でMの問いかけに反応している。
「長いか?2週間で出られて安心してたくらいだ。なんせあのヒステリックなクルーニーに手を出したんだからな。半年は覚悟してたぜ」
「収監期間はフリーマンが管理してるから、クルーニーがいくら喚こうがそれで長さが変わることはない。けどそれにしても、看守をちょっと蹴ったくらいで半月?ブラッドがニコルソンを殴ったときも独房行きにはなったが、頭を冷やすという程度で1週間もせずに戻されてた」
「だがよ」
ジュードがヘラリと笑う。
「それだとこのアレクだって相当重い罰を喰らったことになる」
「ははは、確かに。」
ブラッドリーとユアンが笑うが、アレクは苦い表情をする。
「こいつはローレンスに暴力を振るってもないしケガもさせてない。ただハグしてキスしただけだ。それで1ヶ月もブチ込まれた。アレクに貞操を奪われそうになったとローレンスが泣こうが喚こうが、それもフリーマンの裁量次第ってんだろ?たぶん俺たちと奴らの中での危険人物の度合いには、でかい隔たりがあんのさ」
「だがアレクは前々からローレンスに執心していたからな。なにも突然狂気を発したわけじゃない。過去に何度か身体に触れて注意を受けていた。その積み重ねがある」
「よせよM。俺をヘンタイみたいに言うな」
「でもこないだ久しぶりに電話のとこでローレンスとすれ違ったとき、こいつ勃起してたよ。ローレンスは思いっきりシカトしてたけど、彼が角を曲がるまで、股を抑えながらずっと見てた」
ユアンが言うとブラッドリーとライアンが顔をひきつらせて笑った。マシューも呆れたように笑っている。
「アレク、正直に言え。お前性懲りもなくローレンスでマスかいてんだろ。夜、音が聞こえんだよ。イクときに奴の名を呼んでやがった」
Mがニヤリと意地の悪い顔でフォークを向けると、アレクは耳まで赤くした。
彼らの席にはテーブルをバンバンと叩く音と笑いの渦が巻き起こり、見張っていた看守が「静かにせんか!」と声を荒げた。
「……お前どうしてそんなに奴に惚れてるんだ」
涙目になりながらブラッドリーが問う。
「ローレンス副看守長は、荒野に咲いた一輪の白い花のようだからだ」
アレクは誰に何を言われようが、ローレンス本人からどれほど嫌われていようが、いつもおかまいなしに高らかに愛を語る。そういう無自覚な馬鹿さをMは気に入っていた。
「ローレンスの中にブチ込んでやりたいって思ってんのか?」
ジュードが聞くと、アレクは「よせ」と眉間にしわを寄せた。
「ローレンスが囚人じゃなくてよかったな。こういう奴らに輪姦されまくってたに違いない」
「ブラッド、彼に対してそういう下品な妄想は許さん」
「けどお前は奴ににチンコを突っ込む妄想をしながらかいてるんだ、同罪さ」
テーブルには再び笑いが巻き起こる。Mはこのようなくだらない時間が好きであった。
刑期とビリーのこと以外は何も考えず、こうしてゆるんだ1日を過ごせていた日々がなつかしい。
今は棟のあらゆるイザコザを諌めてまわり、深意の見えぬフリーマンに付き合い、今にも巻き込まれるかもしれない暴動に警戒している。自分が生きてきた外の世界よりは退屈でなまぬるいが、こんな狭小な場所で面倒なことにがんじがらめにされていることが、今はひたすらに鬱陶しい。
「……ああ、話がだいぶ逸れた。問題はお前の独房生活の異様な長さだ」
Mがジュードに向き直る。
「まだ言うか。それはフリーマンにでも直接聞いてくれ。だいたい何故そんなことを気にする?」
「そりゃあ……」
「君のことを疑ってるんだよ、僕たちは」
ユアンが静かに援護する。ジュードは片眉をあげて肩をすくめて見せたが、瞳の変化をMは見逃さなかった。
「だが今はやめておこう。ライアンがたぶん怒る」
ジュードと腕をからめながら、今までヘラヘラと笑っていたライアンの目つきも変わっていた。消えかける本来の彼が、Mとユアンに警戒の眼差しを向けている。
そのとき、昼食の終了を知らせる放送が流れた。
「……じゃあ続きは中庭でな。ライアンに嫌われたら、俺は生きていけない」
睨む彼から目を逸らし、静かにMが言った。
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