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Ⅵ
《マキシムが首謀者に違いないと、きのうドラマを観てる奴らに話したんだ。ブラッドとか、ユアンとか。奴らは少し驚いてたけど、俺の推測をもとに考えたら合点がいっていた》
《……そう。その推測って?》
《それはここでは言えない。お前と推理合戦になったら、電話の時間がすぐに終わる》
《はは、そうだね。じゃあ聞かないでおく。ロードはどうなるのかな?》
《ロードは撃たれて以降、特に展開がないからな。だが奴なら水面下でコトをすすめて、何話か進んだところでいつもみたいに突然出てきて、何かしらのアクションを起こすだろう》
《あのドラマ、よくできた構成だけどもったいぶるところがあるからな。ロードがどこかでマキシムの任務を邪魔するつもりだとしたら、そろそろ動きがあってもいいと思うけど》
《うむ……どう伝えればいいのかわからないが……ロードは本部の1人とつながってる》
数秒の沈黙。
《……なるほど。相棒のフリして黒幕っていうパターン、ありがちだしなあ。なぜそうだと思ったの?》
《ドラマを観てたら、それの伏線に気がついた。詳しいことは秘密だ。ハズレてたら恥ずかしいからな》
《わかった》
《それより、携帯電話がほしいなあ。お前とずっとマキシマムズについて話せるのに》
《……携帯?》
《ああ、携帯だ》
《………》
《でもよ、携帯って連絡が入ると、画面に容赦なく相手の番号や名前が出るだろ?あの表示の仕方、いい加減やめてほしいぜ》
《……ああ。そういえば昔よくそんなこと言って、コソコソ隠してたよね》
《机に置きっぱなしにして、見られたらマズイ相手から電話がきたら面倒だったからな》
《そういえばそうだったね。あなたは浮気者だから》
《おい、よしてくれ。ああ……ところで、A棟のモーガンとリアムのことだけど》
《ああ、前に話してた人たちだね?2人は元気?》
《ああ。喧嘩も多かったけど、なんとか最近落ち着いてきてる。俺がここを出る前に、奴らのゴタゴタも無くなりゃいいが……。ビリー、お前には疑われるかもしれないが、俺はモーガンの考えを決して否定しちゃいない》
《……うん。大丈夫、疑わないよ》
《でかい騒ぎを起こすのは、他の奴らに迷惑がかかるから決して良くはないが。だが暴れなきゃ変わらないこともある》
《そうだね。どうにもならない相手ならば、特に》
《ああ。それからリアムだ。奴の腹の内は読めないし、何を企んでいるかもわからないが、リアムはとにかく他の囚人の面倒をよく見るんだ。それが偽善だったにしても、リアムに救われてる奴らは実際にいる。だから根っから悪い奴ってわけじゃない》
《そっか。彼らのあいだに何があるのか知らないけれど、そのあいだにあるものこそが軋轢の元なのかもしれないね。あるいは……》
《……あるいは?》
《なんの根拠もない推測だけれど、本当は軋轢自体ないかもしれない。マキシムとロードも、ドラマを観てる人に対して何か目くらましをやってるんじゃないかな。ロードは本部とつながってたとして、どこまでのつながりかもわからない》
《……そうだな。実はそれも少し考えていた。しかし奴らに対する信用も疑いも、俺の中ではまだ五分だ》
《モーガンたちのケンカの仲裁をするのはいいけど、危ないと感じたらすぐに引き下がってほしい。あなたは世話係かもしれないけれど、僕からしたらそんなの関係ない、大事な家族だから》
《大丈夫だ。そのあたりは心配するな。時間だ。またかける》
《うん》
《……言いたいことが山ほどある。こんなことばかり話したくない》
《帰ってきたらいくらでも話せるよ》
《そうだな。……じゃあ、また》
《……うん》
施設内での囚人達の通話はすべて録音されている。
履歴をたどれば、特定の人物の通話もこのように抜き出して再生できるのだ。
フリーマンはMが突然電話の列に並び始めた日から、毎回その通話を再生している。相手はどうやらいつも面会に来るあのビリーという青年だ。
面会の際にはいつも"友人"の欄にチェックをしているが、会話を聞くにふたりは恋人同士であるらしい。しかしMが通話を録音されていることを警戒して、好きだとか愛しているだとかは決して言わない。言わないけれど、彼がこの青年を恋しがっているのはどうしたってにじみ出ている。
ふたりはいつも何てことのない会話をしている。連続ドラマの【マキシマムズ】に相当ハマっているようで、会話のメインはだいたいそれだ。
確かに他の囚人達も、毎週火曜日には広間のテレビで必ずあれを観ている。そんなに面白いのかと思い、ネット配信されている分をちらりと観てみたが、展開がめまぐるしくて、ちょっとしたシーンを見逃すと話がつながらなくなり、疲れるので4話からは観ていない。
Mに直接、なぜ電話をするようになったのか聞いたことがある。すると彼は「あと少しで出られると思うと浮かれてしまって」と言っていた。
それから3日に1回かける電話の内容を確認しているが、内容はやはりマキシマムズか、A棟の仲間達のことばかりだ。無論それがいまのMの世界のすべてであるからだ。
しかしビリーの体調やら1日のことを尋ねることはあっても、外界で自分と関わりのあった者たちや他の仲間のことを尋ねることは無い。それも"警戒"の範疇だから、当然といえば当然であるが。
それにしても、何か不自然だ。記録してこのように聞かれることを警戒しているのは分かるにしても、あまりにもクリーンな内容ばかりである。
浮かれているにしても、わざわざ電話をかけてまで話したいことなのかも謎だ。それに、マキシマムズを除いては、やけに会話に出てくる名前も限られている。
いつもつるんでいる仲間以外には、モーガン、リアム、マクレガン、レオナルドの名がたびたび出てくる。しかし彼が世話係として手を焼いている人物たちでもあるから、そう不思議でもない。
それでも、違和感が拭えない。どんな違和感かというと、彼らの会話はマキシマムズのように展開が早く、その上会話としてきちんとつながっていないような気がするのだ。彼らの会話と実際の内容は、本当にリンクしているのだろうか。名前を借りて、別の誰かのことを話し合っているような不自然さだ。
……いや、実際にそうなのかもしれない。
そうとなれば、一体何のことについての会話であろう。マキシムとロード、あるいはこのモーガンとリアム。それぞれの名を別の誰かに当てはめたとして、しっくりくる人物とは果たして誰か。
フリーマンはそっとヘッドフォンを外し、通話記録を管理している部屋を出た。
窓から中庭を見ると、Mとジュード、ブラッドリー、ユアンが壁際の喫煙スペースでタバコを吸っていた。マシューとライアンは花壇の手入れでなく、コートでバスケをしている。アレクも一緒だ。
今日は天気がいい。自分も、たまには外で大いに身体を動かし、晴天の真下でのんびり一服でもしたいものだ。フリーマンはしばらくそこに立ち、囚人達をじっと窓から眺めていた。
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