3/3
前へ
/66ページ
次へ
図書館帰りのMと、学習時間を終えたアダムが偶然、棟の中継地点である事務課の前で鉢合わせた。そのように装って待ち合わせたのだ。 世話係としての近況でも話し合っているかのように、立ち話をするフリで密談をした。静かな誰もいない空間より、他の囚人たちが通りすがり、看守のうろつく騒々しい廊下のほうが適している。監視カメラでもここはそれほど重視されていない。 しかしこうして対面するのもなかなかタイミングが難しい。あまりやたらに互いの棟を行き来するのはまずいし、作業や運動場や食事は棟ごとに分けられているため、こういったわずかな移動時間にうまく合わせるしかないのだ。 Mがジュードによる理事会の話をかいつまんで伝えると、「チンピラのしのぎとおんなじだな」とアダムは呆れたように笑った。 「暴動を指揮するのがだとして、もちろん単独でそれを起こせやしない。協力者というのはブレインとしての協力者だ。実際に勃発させるには暴れ役の囚人が何人か必要だが、さすがにしっぽは掴ませねえ」 そう言って、Mが風船ガムをふくらませた。Fとはフリーマンのことである。 「うむ……けどまあ誰であったとしても、俺たちに危害を加える奴ではないだろう。Fの目的を遂行するための兵隊だ。それに君もに傾いてるんだろ?」 アダムが言うと、パチンと風船が割れてしおれた。 「腐敗政治の駆逐というのか、まあそういう意義のある確信犯としての暴動なら別に否定はしない。ただそう上手く行くのか、心配なのはそれだけだ。それに……正直なところ、Fはそういったことを俺に依頼してくるものだとばかり思ってた。世話係としてしょっちゅう執務室に呼びつけるし、世間話までしてくるんだから、それなりにのはずなんだけどな。だが一向にお呼びがかからない」 「何のため執務室に?」 「何って……まあ名目は世話係として、不穏な動きをする奴らの報告だ。要はチクリ魔だな」 するとアダムが思わぬことを言った。 「そりゃあ目くらましの可能性があるぞ」 「目くらまし?」 「君はキレ者だから棟内でも一目置かれた存在だし、他の看守同様にFもそれなりに君のことは警戒しているはずだ。だからこそ味方にできりゃいいが、万が一敵側についたら厄介だ。だからFは君に暴動のことは決して悟られぬよう、なおかつ自分の目の届く範囲に置いている。味方でもないが敵側に回らぬよう、君と膝を突き合わせることで牽制してるんだ。君自身に何か妙な心変わりがあってもすぐに見抜けるように、ってのもあるだろう」 「何だそりゃ。ニンジャみてえな奴だな」 「それに……君から見たFが万事上手くやり過ごしているかを、君のチクリの有無から確認しているかもしれない。兵隊たちが妙な動きを見せていないか、周りに作戦を悟られるような不用意な言動はしていないか。なおかつ……世話係のMから積極的に暴動などに関する密告を欲しがっている看守長、という図式も作ってる」 「自分が黒幕であることから目を逸らさせてるんだな。それが目くらましか」 「まあそれも目くらましだが……この場合もっとも重要なのは何だと思う?」 「もっとも重要……?」 「たとえばある日、A棟の誰かがコークを吸引してるところを偶然目撃したとするな。それが……そうだな、たとえば問題児のBJだとしよう。君はFにチクリを入れるか?」 「面倒だが、見ちまった手前疑われるのも嫌だしな。一応言っておく」 「うむ。ではそれがBJではなく……あくまでも例えだが、ブラッドリー・サンドラーだったら?」 「ブラッド?……ブラッドか。話してどうにかなりそうなら、チクる前に個人的に制裁を喰らわせて、どうにか仲間内で……」 「そうなるだろ?」 「……ああ」 「つまり仲間内の奴らが何か不穏な動きを見せても、君はコトを荒立てない。コトを荒立てないどころか、そもそもそういう見方すら仲間にはしない。問題児には常に疑いの眼差しを向けていても、君のかたわらにいつもいる奴らには、さすがの君でもそういう監視みたいなことはしないはずだ。」 「………」 「………わかるか?目くらましの意味が。Fがチクリを欲しがれば欲しがるほど、君は」 「じゃあ、つまり……」 「ああ。つまり兵隊は君の仲間内にいる可能性もあるってことだ。まあ、あくまでも推測だ。推測だし、兵隊だったとして君のコトを欺いたりはしないだろう。だから君はに傾いているというのなら、気付かないフリを続けろ。すべてを暴いたところで、結局デカイことをやるべきかもしれない。暴動が万事上手くいくことを祈るしかない」 「お前、マキシムみたいな奴だな。心理戦とか得意そうだ」 「俺たちはみんなとっ捕まったマヌケだが、人生のほとんどを悪党として生きてたんだ。いやでも変な勘は働くようになってる」 「俺はすっかり腑抜けちまったよ」 「それでいい。暴動の前に出れりゃあいいんだがな」 「いや、どうせならどうなるか見てから出たい。仲間のこともあるしな」 「そうか。……ああ、そろそろ戻ろう、少し長すぎた」 "世間話"を終え、2人はその場で別れた。棟に戻る道すがら、兵隊は誰だろうと考えた。仲間には暴動の件について何回も話している。 それがフリーマンの耳に入っているのだとすれば、いい加減何か動きを見せるはずだが、一向にない。いずれ分かるのだから明かしてくれてもいいのにと思いつつ、いつもの面々が集まる広間のテーブルに向かった。 Mは、このくだらない仲間とのくだらない時間が、やっぱり好きなのだ。
/66ページ

最初のコメントを投稿しよう!

27人が本棚に入れています
本棚に追加