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皆が寝静まった真夜中、煌々と炎揺れる囲炉裏端にて狛吉は瑞雲より藩主が置いて行った脇差しを差し出された。
「あの人が父なんですね…」
覚悟したように円座の上で姿勢を正した狛吉は悲しげに零した。
「もう十年も前だ。キク殿はお主の身を案じて、この寺にお主を託した」
その言葉と共に瑞雲は懐から古びた櫛を取り出し、脇差しの隣へと置いた。
それは別れの日に母が残した櫛であり、脇差しの鞘にあるのと同じ紋が刻まれていた。
「ずっと山を降りるなと言ったのは…、命を狙われていたからなんですね…」
キュッと拳を握り、彼は悔しさを滲ませる。
男衆に取り囲まれて手も足も出ず、照まで危険に曝した事が不甲斐なかった。
「狛吉、母に会いたいか?」
唐突な問いに、弾かれるように視線を上げた。
瑞雲は脇差しを手に取り、選択を迫るように問い質した。
「またあの者達がお主を狙って来ないとは限らない。故に、山を降り母に会いに行くならば、お主は身を守る術を得なければならん」
真剣な眼差しは武士の誇りを宿し、狛吉は
その言葉の真の意味を理解した。
改まったように彼は静かに両手を床に突くや深く頭を下げた。
「瑞雲様、どうか俺に稽古を付けてください。もう二度と照を…、俺のせいで皆を危険に晒したくはありません…!」
決意を持って告げ、怒りを孕む瞳を向ける。
その強き意志に瑞雲は深くゆっくりと頷き、狛吉はその手より脇差しをしかと受け取った。
―――強くなり、自分が皆を守る。
その決意を胸に狛吉は過去と決別するべく、古びた母の櫛を掴み取るや、迷うこと無く火燃ゆる囲炉裏へと投げ入れた。
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