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「どうか、この子を預かってはもらえませんか?」
唐突な願いに僧侶、瑞雲は面を食らった。
煌々と火を焚く囲炉裏の傍ら、深く頭を下げる母の願いは切なるものだった。
「乳離れは済んでいます。どうか、助けてはいただけませんか?」
尚も頭を下げながら、母は乞い願う。
幼さ故に母の話が分からぬ子は、温かな九尾の尾の中、呑気に握り飯を喰んでいた。
『言うておくが、二度と会うことは叶わぬぞ?』
警告のように白狐は告げた。
それでも母の決意は固かった。
「この子が無事に生きて行けるなら、それで構いません。私ではっ…、私の側に居てはこの子はいずれ殺されます…、離れるのがこの子のためなのです…!」
涙ながらに母は告げ、子の額に付けられた傷跡を撫でる。
その様に白狐と瑞雲は、母の決意を呑むことにした。
「ここより東の谷を降りて川を下った先の村に大きな寺があります。暫くはそこで身を寄せると良いでしょう…」
見送りの折、瑞雲は認めた一筆を母へと渡した。
楽しげに九尾の背に乗る子は、母との今生の別れとも知らずに笑っていた。
「ごめんね、狛吉…、弱い母を許しておくれっ…」
涙を呑みながら母はこれが最後と子を抱きしめ、形見代わりにと髪に差していた前櫛を持たせる。
抱き上げられると思っていたのに離れる母の温もりに、子は途端にぐずった。
「よろしくお願い致します…」
そう頭を下げたのを最後に、母は逃げるように谷へと駆け出す。
粉雪煙る中、遠ざかる背を止めんと子はいつまでも母を呼んで泣き叫んでいた。
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