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陽気な飛脚
灰色の空の下、降り出した粉雪を掻き乱し、吐息が白く煙る。
雪は嫌いだ。
凍てつく寒さとその白さを見ると、あの日のことを決まって思い出す。
最早、朧気にしか分からなくなった過去の残影を振り払うように、手にした鍬を一心不乱に振った。
「狛吉〜!」
名を呼ぶ和尚の声と芳ばしく香った匂いに、鍬を置いて慌てて駆け出す。
いつの間にか昼餉の時間を過ぎていた。
「狛吉、どうした?昼餉に遅れるとはお前らしくもない。具合でも悪いのか?」
囲炉裏の鍋から雑煮を取りつつ、戻ってきた彼に和尚は訊ね、その周りで支度に追われる妹達も心配そうに小首を傾げた。
ここにいる兄弟姉妹達は貧しさ故に捨てられたり、人攫いも同然で売られそうになった者達ばかり。
皆この寺に住まう九尾の白狐、雪華と彼女に愛される瑞雲和尚の庇護の下、助け合って生きている。
「お?今日の昼餉は雉鍋か!」
嬉しそうに笑いながら、スラリとした女人が顔を出す。
その頭には大きな獣の耳が立っている。
「雪華様!」
「おかえりなさい!」
妹達は喜々とこの寺の主である彼女を出迎えた。
「ほれ、土産じゃ。今夜は天ぷらにでもするかのぉ…!」
持ち帰った山菜を手近な娘に手渡し、大皿に盛られた残りの雉肉を見て、雪華は上機嫌。
近頃、精進料理続きで不満気だったが、久々の肉にご機嫌を直した模様である。
ここは稔り豊かな山ではあるが今はまだ寒さが厳しい。
本来、殺生はご法度であるが育ち盛りな子供達の腹を満たすには多少は致し方無しとの考えがこの寺である。
「そろそろ干物も減ってきたな…。狛吉、すまないが東の沢で魚を頼めるか?」
足りない箸を取りに台所を見た瑞雲は、伸びた顎髭を摩って困り顔。
昼餉を掻き込みつつ、元気に狛吉は了解の返事を返した。
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