囲炉裏端の与太話

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囲炉裏端の与太話

「こりゃ魂消た!ここが噂の雪華寺とは!」  囲炉裏の前、佐一は大層驚いた様子で頭を掻いた。  足の怪我もあって一晩泊まることになった佐一曰く、麓の村々では雪華を山の主として崇めており、ここを知らない人間は居ないとのことであった。 「ここから南に下った町に狗井屋(いぬいや)っつう呉服屋があるんですが、そこに大層美人なリンと言う若女将がいましてねぇ。その女将、この寺からやって来たって専らの噂ですぜ?」  茶を啜りつつ、佐一はまるで菩薩でも見たかのように、うっとりしながら語る。  その名を耳にした年上の娘達は途端に目を剥いた。 「「「リン姉を知ってるの⁉」」」  一斉に身を乗り出して問い詰める娘達に佐一は面を食らい、堪らず仰け反った。 「確かにリンはこの寺を出た娘です。妹達を養うためにと奉公に出てくれたのですが…」  そう言って、何やら淋しげに茶を啜った瑞雲に娘達は意味深に微笑む。  その様子に佐一は不思議そうに小首を傾げた。 「あー、和尚様の事が好きになって出てったっていう姉ちゃんのことだね。俺がこの寺に来る前のことだから十二、三年は昔だよ?」  何気無く狛吉は答えたが、瞬間、隣りにいた四つ上の姉、(てる)の拳骨が頭に降った。 「お前は余計なことを!リン姉に失礼な!」  痛む頭を押さえながら狛吉は、浴びせられるお叱りに気圧された。  かつてこの寺にいたその姉は、気立ての良さから若旦那に見初められて大金持ちの家に嫁いだ。  今も季節の折には、彼女から文と共に反物や小判が届けられており、少なからず寺での生活を支えてもらっている。 「事実だろ〜?」 「黙らっしゃい!」  一言返せば再びの拳骨である。  全く、この寺の女達は気が強くて敵わない。
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