4人が本棚に入れています
本棚に追加
囲炉裏端の与太話
「こりゃ魂消た!ここが噂の雪華寺とは!」
囲炉裏の前、佐一は大層驚いた様子で頭を掻いた。
足の怪我もあって一晩泊まることになった佐一曰く、麓の村々では雪華を山の主として崇めており、ここを知らない人間は居ないとのことであった。
「ここから南に下った町に狗井屋っつう呉服屋があるんですが、そこに大層美人なリンと言う若女将がいましてねぇ。その女将、この寺からやって来たって専らの噂ですぜ?」
茶を啜りつつ、佐一はまるで菩薩でも見たかのように、うっとりしながら語る。
その名を耳にした年上の娘達は途端に目を剥いた。
「「「リン姉を知ってるの⁉」」」
一斉に身を乗り出して問い詰める娘達に佐一は面を食らい、堪らず仰け反った。
「確かにリンはこの寺を出た娘です。妹達を養うためにと奉公に出てくれたのですが…」
そう言って、何やら淋しげに茶を啜った瑞雲に娘達は意味深に微笑む。
その様子に佐一は不思議そうに小首を傾げた。
「あー、和尚様の事が好きになって出てったっていう姉ちゃんのことだね。俺がこの寺に来る前のことだから十二、三年は昔だよ?」
何気無く狛吉は答えたが、瞬間、隣りにいた四つ上の姉、照の拳骨が頭に降った。
「お前は余計なことを!リン姉に失礼な!」
痛む頭を押さえながら狛吉は、浴びせられるお叱りに気圧された。
かつてこの寺にいたその姉は、気立ての良さから若旦那に見初められて大金持ちの家に嫁いだ。
今も季節の折には、彼女から文と共に反物や小判が届けられており、少なからず寺での生活を支えてもらっている。
「事実だろ〜?」
「黙らっしゃい!」
一言返せば再びの拳骨である。
全く、この寺の女達は気が強くて敵わない。
最初のコメントを投稿しよう!