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母との別れ
粉雪が舞う落ちる山道を走る母者の足は寒さに赤らみ、胸に抱く幼子の泣き声が灰色の空に響き渡る。
背後から迫る足音に振り返れば、白刃を手に鬼の形相で迫る五人組の武士の姿が見えた。
追い付かれては殺される―――。
止まってはならぬと必死の思いで獣道を駆け抜け、瞬間、眼の前の景色が開けた。
霧が晴れるように目に見えたのは、花咲き乱れる桃源郷のような荘厳な山寺だった。
途端に和らいだ寒さと幻想的な風景に母は息を呑み、辺りを見回す。
――北の白狛山には、
子護り白狐の寺がある。
招かれるかはお狐次第。
入れば、極楽。
拒まれれば、地獄。
追っ手から逃れる道中、ひと時匿ってくれた村の者がそう教えてくれた。
一縷の望みを掛けて辿り着いた安寧の地に、母が胸を撫で下ろしたその刹那だった。
「覚悟ぉ!」
雄叫びに振り返り、振り上げられた白刃に息を呑む。
しまった―――。
咄嗟に我が子を護らんと身を捩り、我が身を盾に蹲る。
瞬間、カキンッ!と鳴り響いた音に目を見開く。
振り下ろされた白刃を見事抑え込んだのは、錫杖を構えた雄々しき僧侶であった。
「何者だ⁉幼子を抱く女子を襲うとは人の風上にも置けぬ…!」
刃を弾き飛ばし、僧侶は怒号を上げる。
その声に忽ちお堂から年若い娘達が駆け着け、助太刀せんとばかりに竹槍や鎌に包丁、お玉に鍋にと持ち寄った武器を構えた。
血気盛んな彼等に、襲い掛かった武士は苦い顔をして刀を構え直した。
『ほう、妾の縄張りで白刃を構えるとは良い度胸じゃ…』
唸るような声が轟く。
ハッと目を向けた母は目を剥いた。
お堂の屋根の上、高みの見物とばかりに大層大きな狐が真白い九つの尾を揺らす。
ひらりと屋根より舞い降りた九尾の狐は、青褪める武士を見て、にたりと笑った。
『今ならば見逃してやる。直ちに立ち去れ』
歩み寄りながら尾を揺らし、脅しとばかりに狐火を浮かべる。
あまりの多勢に無勢具合に武士共はゆっくりと後退り、悔し紛れに小言を吐きながら踵を返した。
危機を脱し、母は腰を抜かした。
ポロポロと涙を零し、守り抜いた我が子をしかと抱きしめた。
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