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別日。
美代は久しぶりに上京していた。少しでも交通費を浮かすための長距離夜行バスには、学生時代から世話になっている。
学生時代を過ごした東京は、歩き慣れた都市だ。スマホを片手に乗り継ぎ案内を見ながら、次々にホームに流れ着く電車に間違いなく乗車してゆく。目当てのショップを回り、話題になっている流行のスイーツを食べる。多少行列していても、ひとりなら他人に気を遣う必要が無いため気楽である。東京を離れていたのはたった半年ほどであるが、駅の改修工事が進んでいたり、店舗の入れ替わっていて、都会の新陳代謝の早さを感じる。きらびやかなクリスマスの装飾がされた大きなショーウインドウのガラスに写った自分の姿は、顔がむくんで、目元には疲れがにじんでいた。想像以上にひどい顔色である。過去にしがみついて虚勢を張っていることを見透かされたような気分になり、思い出の都市からからつまみ出されたような疎外感を感じた。夜行バス移動の疲れが出ているのだと理由を見つけ、気を取りなおして目的の駅に向かう。
今回の上京では、一つだけ予定があった。それは、元彼との食事である。美代から彼に声をかけたら、元彼も時間の都合をつけてくれた。
元彼とは在学中に二年間ほど付き合ったが、卒業研究や就職活動ですれ違いが続き、相手への関心が緩やかに無くなってゆき、友達同士に戻ってしまった。ケンカ別れをしたわけではないから、お互いに、深い憎悪や嫌悪感はない。別れたのちも、ゼミや飲み会で顔を合わせる程度の付き合いはあった。
元彼とは、小洒落た飲食店で待ち合わせをした。挨拶もそこそこに「まだそのストール使ってるの」と指摘され、恥ずかしくなった。店内では、学生時代の懐かしい話や、同級生や先輩たちの現在の近況などを話し、楽しい時間を過ごした。元彼の話によると、みなそれぞれの道で頑張っているようだった。卒業してまだ日が浅いため、カリスマ的存在だった先輩も、派手なパフォーマンスが得意だった同級生も、誰かが突出して大成功を収めたという話は無かった。鳴かず飛ばすな自分の現状と対して差が無いように感じられ、美代は少し気が楽になった。
元彼との食事は、二時間ほどの短い時間でお開きとなった。おそらく美代は、異性と話す刺激に飢えており、久しぶりに誰かとデートがしたかったのだ。この再会で、何か収穫があったわけでは無い。人恋しさを埋めることができたわけでも無い。それでも満足したと自分に言い聞かせ、冷え込む都会の夜道を、電飾が綺麗だと心を弾ませながら、ひとりバス乗り場へ向かった。
帰りの夜行バスの中で、美代は上京し、元彼と会ったことをSNSに投稿した。久々に都会の風に当たり、友人たちの様子を聞いたことで、エネルギーが充電できたことを伝えたかったのだ。フットワーク軽く東京へ戻ることができるから、なにか集まりがあるときには自分も呼んでほしいと、アピールできたらいいと思った。
しかし、その投稿は、わずか数時間で削除せざるを得なかった。
元彼がプライベートメッセージで抗議をしてきたのだ。
【悪いんだけど、さっきの投稿削除してくれる?】
【いま付き合ってる彼女に、他の女子と二人で会ってたことが知られると、浮気とか疑われるので】
【っていうか、プライベートで会ったことを無許可でネットに晒すとか、マジで非常識】
夜行バスは、就寝する人の妨げになるため、カーテンを開けることができない。日付が変わる頃になると、スマートフォンの液晶画面の光にさえ気を遣う必要がある。夜更かしの美代は、毛玉のついたストールを頭からすっぽりと被り、至近距離でスマホの画面を見つめる。
せっかくの楽しい東京が、予想外の後味の悪さで終わってしまった。元彼の言い分はわかる。美代もいらぬ誤解は生みたくないため、素直に謝って、即時投稿を削除した。
しかし、この寂しさは、どこへ向ければいいのだろう。
夜行バスが東京からどんどんと離れてゆくにつれ、この行き場の無い寂しさは、悔しさに変わってゆく。
帰りたくない。
でも、東京にも居場所はない。
私には遠くから見守ってくれる人がたくさんいるから大丈夫、なんて、そんなことは無かったのだ。ひとりは寂しい。温もりが恋しい。誰かにそばにいて欲しい。近くに気兼ねなく連れ立って遊べる友人が欲しい。専門分野のレベルの高い話を聞かせてくれる師が欲しい。
きっと、自分の周りに信頼できる人がいないのは、自分に魅力が無いからであろう。
SNSのアプリを閉じて、そのまま眠くなるまでネットサーフィンをする。
【二十代 魅力的な女性の条件十選】
【誰からも好かれる 引き寄せの法則】
あちこちのネット記事を徘徊し、やっと眠気が襲ってくる午前二時。
美代は再度SNSアカウントにログインする。元彼をフォローから外し、こちらの投稿も相手に見られないようにブロックをしてから、バスの狭い椅子に体を丸めるようにして、浅い眠りについた。
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