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第1話
二〇二四年七月二日。「探偵社アネモネ」に、数週間ぶりに最高の仕事が入った。
「インテリジェンスな僕としては、もう少し、推理する余地のある事件が欲しいものですが」
従業員の三人のうち、黒のステッキを突き、ネイビーのTシャツとデニムのジーンズに身を包んだ水樹だけが、唇を尖らせている。
「じゃあ良いよ。この最高に美味いビーフ・ブルギニョン、俺が水樹ちゃんの分も食べちゃうからねー!」
「あ、返しなさい、陽希!」
白い円卓で水樹の横に座った陽希が、水樹の皿に手を伸ばしてはしゃいでいるのを、理人は口元を手で覆って笑いながら眺めた。陽希はグレーのパーカーとカーキのカーゴパンツ、理人は白のポロシャツとベージュのチノパンツに、それぞれ身を包んでリラックスしている。
シャンデリアがいくつもあるホールに並んだ、無数の円卓には、無数の人たちの楽しそうな笑顔がある。此処は「セレスティアル・ドリーマー」という船のレストランである。
今回の「最高の仕事」とは、ただの浮気調査であるが、相手が非常に裕福なため、超豪華客船である「セレスティアル・ドリーマー」の船内に一か月泊まり込んで、対象を観察するというものなのだ。
今日が三日目。対象が、初日から客室でオトナのお楽しみをしてくれたお陰で、ほぼ確証に至ってしまった「探偵社アネモネ」の面々は、勿論対象に視線を送りながらも、ゆっくりと昼食を楽しんでいた。
「今夜は、七時からラウンジで、ディナーとともにクラシックピアノコンサートが行われるそうですね。行かれますか?」
理人が、ついさっき船員から配られたパンフレットを広げると、水樹と陽希が覗き込んでくる。
「『お子様も楽しめるクラシックピアノコンサート』ですか。クラシックは好きですよ。暇を持て余しているのもなんですし、行ってみましょう」
「どんな人が出るのかな?」
陽希がパンフレットの、出演者リストの頁を捲る。其処には、次のように記載されていた。
***
ナディア・ペイジ 彼女はアメリカ出身のピアニストで、初めて作曲したのが十一歳の頃という天才。クラシックだけでなくジャズやポップスでも素晴らしい才能を発揮します。ニューヨークを中心に活躍しています。
ゾーイ・シャフィーク 彼女はエジプト出身のピアニストで、幼少期から音楽に興味を持ち、地元のピアノ教師のもとで訓練を受けました。その後、プロのピアニストとしてのキャリアを築き始めました。彼女の演奏は正確で緻密な技術と即興性に富んでおり、聴衆を圧倒することに長けています。彼女は現在、米国を拠点に活躍するピアニストであり、多くのコンサートやフェスティバルで演奏活動を行っています。また、音楽活動以外にも慈善活動や地域貢献活動にも積極的に参加しており、地元コミュニティとの絆を大切にしています。
山本 友香理 彼女は日本出身のピアニストで、十代半ばで日本とアメリカの両方でコンサートを開催しています。彼女の演奏は明るく鮮やかな音色を持ち、聴く者を感動させると言われています。
三人は、「魔女の三重奏」というグループ名で、全国で活動しています。
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