金魚のマグカップ

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金魚のマグカップ

ガシャン! と大きな音が聞こえた。 何かが割れた音。 給湯室を覗くと、僕のマグカップが床の上で割れていた。 週に一度、好きなマグを持って通勤する。 最近は旅行先で一目惚れした金魚のマグを持って行ってた。 「コレいいね」って言われて、でしょ、って。 僕は気分よく仕事をして、、、、たんだけどな。 さっきまでは。 気を利かせて、マグを洗ってくれた「その人」の大きな舌打ちも聞こえた。 「クソっ!」って、大きな声を出して、コレ気に入ってたのに、って怒ってる。 いや、それ僕のだし。 「形あるものは、……仕方ないよ」 僕の声は大きなため息と、カチャカチャと破片をゴミ箱に捨てる音で消えた。 家に戻り、ペアだったマグカップを手に取る。 良かった2個買っておいて。 もう会社に持って行くのはやめよう。 すごく気に入っていた。 けど、ずっと食器棚の中にいたから、外に出してあげようと思った。 あの時「その人」からの謝罪はなかった。 たぶん、マグカップを割ったという事実でいっぱいいっぱいだったんだろうと思う。 僕は怒ることも、嘆くこともできず、空っぽなまま帰ってきた。 それが今になって、空っぽだった窪みに「悲しい」が流れ込んできた。 置き去りにされた心が、肉体に追いついてきた感じ。 泣いてしまえばいい。 こんなことで? だって、泣きたいでしょ。 ヘタレかな? いいんじゃん、ヘタレだって。 相棒を失ったマグカップは、元いた食器棚にいてもらおう。 安全な場所で、眠っていてください。 72afe894-a619-48a4-889c-91b87c8daf4a
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