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その人物が冒険者組合の屋内に入ってきたのは、ラトゥフはちょうど狩った獲物の査定を待っている時だった。
扉で威圧感を出さないため……と称して、基本的に常時開け放たれている入口から、ふらりと入ってきた小柄なシルエット。
組合の建物は、そこに通い慣れている者でなければ、入るのを躊躇する。
どんなに扉を開け放っていても、そこにたむろす冒険者たちの佇まいは、慣れていないと臆するものだ。
だが彼は、戸惑いを見せずに真っ直ぐ屋内に入ってきた。
夕暮れよりは少し早い時間で、屋内には危険度1や危険度2ランクの冒険者たちが、査定や認定待ちで集まっていた。
その中を、まるでそこだけが爽やかな風が吹き抜けるように彼は進み、そして自分の目的を果たすためには、どうしたらいいか? と言った様子で立ち止まると、カウンターの周囲を見ている。
髪は後ろでひとつに束ねられ、受付に話しかけるタイミングを図りつつも、見慣れぬ組合の屋内の様子を面白がるように、黒い瞳が好奇心いっぱいに辺りを見回している。
膝下まで裾のある服装は一見女性物のワンピースにすら見えるが、上に羽織っているフードの付いたマントも含めて、生地も仕立ても上物のようだ。
肩から下げている大きめのバッグや、腰のベルトに付いているナイフケースには、小ぶりのフィールドナイフが収まっている様子から、体術を得意としない魔導士だろうか?
バッグのストラップが掛かっているのとは逆の肩に、白くて小さなミミズクが止まっているが、魔導士とすれば下僕だろう。
「王都から来た "脱落組" にしちゃ、ずいぶん活きが良さそうだな」
同じように査定待ちをしていたメンラットが、グラッドとラトゥフにだけ聞こえるような呟きをもらす。
ラトゥフは、オルビスの街の傍で狩人を生業としている男だ。
背が高く、筋骨たくましい大柄な男で、金糸の髪を無造作に後ろでひとまとめにしている。
人付き合いが苦手で、口が重く、愛想のない人物であり、その整った容貌の所為で余計に近寄りがたい印象を持たれやすい。
「声を、掛けるんですか?」
メンラットの懐刀ともいえるグラッドが、そこでカウンターから離れようとするメンラットに問う。
「どうせ、俺の他には誰も声なぞ掛けんだろう。まだ時間も掛かるだろうし、ちょっと様子を見てくる」
他人との付き合いを面倒だと思っているラトゥフと違い、世話焼きのメンラットはサッと彼の元に歩み寄った。
「マメだなぁ」
「そういうキミも、彼には随分、興味津々のようだが?」
「僕はメンラットみたいに、わざわざ新人に声掛けなんてしないぞ?」
「ですね。でも、気になって眺めてらっしゃるように見えますが?」
「そうかい? 単に普通の動物を下僕にしているのが、珍しいなと思っただけ……じゃないかな?」
「そうですね。確かに、そういう手合は珍しい」
ラトゥフとグラッドが話している間に、メンラットはスタスタと話題の人物の元へと歩み寄った。
冒険者組合は、元々は商業組合が設立した組織である。
元々……と言っても、未だ商業組合の下部組織のような状態を保ったままで、登録希望の新人が現れたところで放りっぱなしなのはいつものことだ。
メンラットは、危険度4ランクの冒険者だが、後身の指導は前任の義務という考えの持ち主で、こうして新人が現れるととりあえず誰にでも声を掛けるのだ。
ラトゥフ同様に大柄で筋骨たくましい男で、黒に近い茶色の髪に、濃いめの緑の目をしており、濃い眉に目鼻立ちがハッキリした人物である。
相手の魔導士は、前述の通り小柄なため、傍に立ったメンラットは、頭頂部が自分の肩の辺りにある相手に、あまり威圧感を与えないように朗らかな声で言った。
「やあ、冒険者組合にようこそ! 今日はなんのご用かな?」
「やあ、初めまして。私は冒険者になりたいんだが、どうすればいいだろう?」
「それならまずは、名前と得意な仕事を登録すればいい。俺はメンラット。戦士だが、一番得意な仕事は薪割りだ」
「私はレッド。仕事はまだやったことがないので、なにが得意かは不明だな。一応、魔法が使えるが……」
「魔導士じゃあないのか?」
「一応端くれだが、得意と言うほどのものでもないよ」
聞こえてきた会話に、ラトゥフは驚いた。
「ほう……、これはこれは……」
同じように驚いたらしいグラッドは、独り言のように小さく呟いた。
たぶん、周囲で聞き耳を立てていた者達も、レッドの答えに驚いていたことだろう。
なぜなら魔導士といえば、王都以外の場所では嫌われるのが当たり前で、その理由の最たるものが謙虚さに欠けることだったからだ。
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