満面の笑み

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乾かした術符を回収しながら、春月はずっと小声で愚痴を言っている。 「全然わからない。なぜこんなことに……」 その姿をちりぺっぺは目で追う。ちりぺっぺには春月が何をしているかはわからない。 しかし忙しそうで構ってもらえないことだけは、しっかりわかっていた。 いつになったら春月の作業が終わるだろう。首をかしげてちりぺっぺはそれを待ちわびる。 そして霞はというと、寝ぼけて意識を朦朧とさせていた。 「私が寝ている間にいったい何が?!」 未だ寝ぼけているが、体の支配権はちりぺっぺにあるので外見だけ見ればはっきり起きているようにも見える。 しかし、春月は術符を拾い集めるのに夢中で何も聞いていなかった。 そして、山盛りの術符を春月は雑に箪笥に入れる。広くなった床で春月は昼寝をはじめてしまった。 ちりぺっぺは春月に吠える。これが終わったら構ってくれる約束だったじゃないか?! ヘァン!!ヘン!!ヒェン!! 一生懸命吠えてみても、春月は起きてくれない。なんて意地悪なご主人だろう。 ちりぺっぺはすねてしまった。そしてしばらく骨をかじったその後、春月に寄り添って一緒に昼寝をすることにしたのだ。 ちりぺっぺが寝てしまった後、完全に霞は目を覚ました。しかし、春月は寝てしまっている。 一人取り残された霞は、そばに落ちていた骨をかじってみる。しかし特に面白くなかったので、すぐにやめた。 ちりぺっぺは何が楽しくて骨なんかかじるのだろう。霞は不思議に思った。 耳をすませば、遠くから卓上ベルの音が聞こえる。 暇をもて余した霞は音の聞こえた場所へ向かうことにした。 そして屋敷の広間を覗いたその時、霞はとんでもないものを目にすることとなる。 (なんだこれは……!!) 広間で人が列を作って順に卓上ベルを鳴らしていた。 「追悼ですよ。皆さん、もっと気持ちを込めて鳴らしなさい」 それは朧が主導しているようだ。列に並ぶ人々は何を考えているのか、皆真面目な顔をしている。それが霞にとっては不気味で仕方がなかった。 そもそも、順番に卓上ベルを慣らして何になるというのか。遠目に眺めていると、運の悪いことに朧に見つかってしまった。 ちりぺっぺは小型犬なので、抱き上げられてしまえば、まともな抵抗もできない。もはやこれまでか。霞は絶望した。 「ほら、ちりぺっぺさんもせっかくだから鳴らしなさい」 霞は朧に抱えられ、卓上ベルの前に連れていかれた。前足で卓上ベルを鳴らすように誘導される。 三枚の春月の写真に見守られながら、霞は仕方なく卓上ベルを鳴らした。 霞は子供の頃、大型トラックほどの大きさの妖に襲われたことがある。しかし、今はその時より確実に恐怖していた。 意味不明な儀式に巻き込まれ、意味不明なことをさせられたのだ。 耳はぺたんと寝て、尻尾は巻き込む。朧が手を離した瞬間、霞は逃げ出した。一目散に春月のもとへ走る。 もう二度と春月から離れるものかと、霞は自分の心に誓った。
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