満面の笑み

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夕方になって、ようやく春月は目を覚ました。霞は春月にぴったりと張り付いて寝ている。 春月がよしよしと頭をなでると、安心したような顔をする。 春月はそれを見て、素直にかわいいと思った。リラックスして眠るちりぺっぺに布団をかけ、春月は部屋を出る。 霞もちりぺっぺもすやすや眠っていて、春月が出て行ったことに気づかない。霞は朧を警戒して疲れていたため、本人も気づかぬうちに眠ってしまったのだ。 春月が広間に戻ると、広間では夕飯の準備がはじまっていた。 「霞さん、このお皿運んでください」 朧は、霞に数枚の皿を持たせた。それを霞はテーブル上に間隔を空けて並べる。 その日の晩御飯はエビチリと麻婆豆腐と餃子、そしてキュウリとささみの和え物。どれも美味しそうな見た目をしている。 全員が食卓につくと、いただきますの合図とともに食事がはじまった。 「霞さん?なにをしているのですか?」 春月は小皿にキュウリとささみを盛り付けていた。これは自分で食べるためではない。 「これは部屋で寝ているちりぺっぺさんの分です」 ちりぺっぺはキュウリもささみも大好きだ。だから、少しだけでも残しておいてやりたいと春月は考えていた。 不器用ながら頑張って盛り付けていると、霞がキッチンから何かを持ってきた。 それは少し大きめのフタ付き保存容器だ。 「これに入れておけば、少しはマシでしょう」 そう言って、朧は容器を春月に渡す。 「朧さん。ありがとうございます」 朧は一瞬だけ照れたような、どこか悲しそうな顔をした。しかし、それはほんの一瞬。 朧はすぐに自分の席に戻り、食事を再開する。 朧の優しさはいつも、少しだけわかりにくい。けれど、それを春月は心から信頼していた。 保存容器にキュウリとささみを詰め終えると、春月はペンでラベルにちりぺっぺと走り書いた。それを冷蔵庫に収納する。 そして、今度こそ自分の食事をはじめた。 皆が食べ終え片付けがはじまると、朧が話しかけてくる。 「霞さん、明日は変身の術式の講義をお願いしますね」 普段の春月は客先に出向いて術式を組んだり、それを保守する仕事の他。術符を売ったり、妖を祓う仕事もしている。 しかし、頭領としては門下生への講義が最も重要な仕事だ。 彼らが己の能力を生かして仕事ができるようサポートする。いわば、先生のような資質が求められる。 しかし、昔から春月の講義は雑だった。 確かに、教えなくても教本を読んだだけでできる。そんな優秀な生徒達にはわかりやすいと好評だった。 しかし、少し苦戦している生徒。教本だけではよく わからなかった生徒にはとことん不評。 わからない。と生徒をいつも泣かせてしまっていたし、春月はおろおろして背中をなでることしかできなかった。 ごめんね。と言いながらもまた、同じような説明をしてしまう。これでは何回聞いたってわかりやしない。 そんな時はいつも朧が助けてくれた。朧はどんな生徒にも教えるのが上手だ。 朧の説明を聞けば、上手くいかなかった生徒もたちまち上手にできるようになる。 (だから、朧が頭領をやればいいのに) なぜかはわからないが、朧はどうしても頭領をやりたくないようだ。 「上手に教えられるか不安なのですが」 朧に尋ねる。平気そうな顔で朧は答えた。 「大丈夫ですよ。いつものように私がサポートしますから」
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