満面の笑み

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そして、朧と朧による変身の術式の講義がはじまる。 「では審査をはじめます。それは誰を模した変身ですか?」 皆が同時に変身されては誰が誰だかわからないし、そもそも見きれない。そこで一人一人、順番に変身を審査していく運びとなった。 「これは、初恋の人なんです」 その中の一人が変身したのは、ずいぶん大柄な女性だ。確かに世の中には大柄な女性はたくさんいる。 しかし、春月はその人物と面識があった。 「それ、小雪さんですよね。彼女はそんなに大きくありませんよ。本人の前じゃなくて命拾いしましたね」 小雪さんが見ていたらきっとこの男の命はなかった。彼女はとても強くてかっこいいが、同時にとても短気でもある。 いや、流石にこれくらいでは怒らないか。 「はい、失敗。次の方どうぞ」 無情にも朧は失敗と断定する。フォローはしないようだ。失敗すれば列の最後に並び直し、再挑戦することになる。 「これは犬です」 次の人は犬に変身したようだ。 「親戚が飼っている犬です」 犬……?!それを見た瞬間、春月の心は揺らいだ。この世の全ての犬は存在するだけですばらしいと考えていた。 春月は、うるうると見つめてくる黒い目に耐えきれない。 「合格!!」 しかし、それは朧によって阻止された。 「合格なわけないです。犬猫に変身しても役に立つ場面が限られます。今回は人間以外認めません」 失格!!の言葉とともに、また列の後ろに送られてしまう。 それでも、何周か繰り返せば合格者は増えるものだ。列に並ぶ人は減っていき、ついに最後の一人となった。 「犬は禁止と言いましたよね?」 霞はまた失格にしようとした。 「朧さん、それはちりぺっぺです。本物の犬です」 よく見ると、それはちりぺっぺだ。なぜかちりぺっぺはお行儀よく列に並んでいる。 「なんですか?だから犬は禁止なんですよ」 春月の発言は無視される。朧は考える力がほとんど残らないほど、ひどく疲れていた。 「あとはあなた一人なんだから早く変身し直してください」 ちりぺっぺは犬なのでもちろんできるはずはない。じっとかわいい顔で朧の顔を見上げている。 「そんなかわいい顔をしても無駄です。早くやりなさい」 ちりぺっぺと朧は見つめあう。 「仕方ありません。霞さん、手を貸してあげなさい」 朧はもう本当に何も考えていないのかもしれない。春月は困惑を通り越して一瞬、固まってしまった。 「仕方ありませんね。あなたがやらないなら、私がやります」 朧はあっという間にちりぺっぺの側にお札を並べ、術式を発動させる。その手際の良さのせいで誰にも止める隙が与えられない。 それでも、春月は諦めず止めようと試みた。しかし、あと少しのところで間に合わなかったようだ。 淡い光がちりぺっぺの体を包み込む。
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