入れ替わりの術式

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屋敷を抜け出した春月を夜の空気が包み込む。 春月には、行く宛がなかった。 どこへ行こうが自由だが、どこへ行っても何も無い。 春月の心に不安が満ちてゆく。 もはや自分が何者なのかすら、わからない。 春月は、自分がどんな人間と入れ替わったのか知りたくて仕方がなかった。 どこか鏡を置いている場所は無いだろうか。 春月は鏡を探すことにする。 とにかく鏡さえ見ることができれば、何かは分かるだろう。 春月は鏡を探して町中をうろつく。 しかし、歩いているうちに時間が経過してしまったのか、どこの店も開いてはいなかった。 しばらく歩いていると、ようやく明かりのついた店が見えてくる。 そこは、他の店より少し遅くまで営業していることを春月は知っていた。 食品だけでなく、雑貨、衣類も取り扱っている少し大型のスーパーだ。 店に入って時計を見ると、22時を指し示していた。店内に人はまばらでレジに並んでいる人は誰もいない。 確かこの店は24時まで営業しているはずだから、時間に余裕はあるはず。 春月は目当ての衣料品売場へと向かった。 (霞……?) 衣料品売場には思った通り、大きな鏡が置いてあった。しかし、そこには予想外の姿が映る。 春月は驚いた。 まさか、自分の一番弟子の霞と入れ替わっていたとは。 あの時、春月を後ろから襲ったのは霞だったようだ。 春月を襲った時に着ていた服にも関わらず、返り血はほとんど見られない。 服をまじまじと見ていた春月は突然、あることに気づく。 それとは自分の弟子が裏切っていたことから来る驚きとは違う。 霞の私服がダサい。 夜だったのと慌てていたのもあって、着ているものをよく見ていなかった。 鏡に映る、謎の英文が書かれた黒いパーカーを着ているよく知った顔。春月は見つめる。 その後春月はおもむろにパーカーの文字を読んでみることにした。 取らぬ狸の皮算用。 春月は英語はあまり得意ではなかったが、かろうじて読むことができた。 できたからといってなぜこんなことが書いてあるのか意味はわからない。 春月が知っている霞は、きっちり陰陽師の制服を着て涼しげな顔をしている。 まさかその彼の私服が、こんなだなんて知らなかった。春月だけではなく、彼を知る他の誰でもそう思うだろう。 宝石のような紫の目に、何より美しい顔立ちとダサいパーカーがなんともいえないハーモニーを醸し出す。 鏡の中の霞は小刻みに震えていた。 霞はエリートイケメンだと思っていたのにそんな一門があったとは。 腹筋がすでに耐えられそうにないことを察した春月は、何か上着を買うことにした。 いつもは女性向け衣料品コーナーしか利用しない春月にとって男性向けの衣料品コーナーは未知の領域。 どのサイズを買っていいかわからないので一番大きなサイズをカゴに入れる。 そういえば財布はあるんだろうか。 春月は、ここにきてようやく財布を確認した。無ければ一度カゴを戻して屋敷まで取りに帰らねばならない。 何となく服についたポケットを漁っていると、尻ポケットから財布が出てきた。 そこには五万円ほど入っている。これは霞の財布だが、後で戻しておけばいいだろう。 春月は遠慮なく使うことに決めた。 その後、食料品売場と日用品売場を巡り、レジまで持っていく。 カゴには服と、いくつかの食料。 中身を計算すると、全部合わせて五千円弱。 特に服は値引きシールが付いていて、2000円以内で買うことができた。 とてもお得な買い物だ。 不安だった春月の心は次第に平穏を取り戻す。 こうなったからには、この生活を精一杯楽しむしかない。 春月は、霞のプライベートな生活を知らない。霞はどこか秘密主義な面があったからだ。 長く師弟を続けていても、知らないことはたくさんある。 これを機に霞をもっと知れたらいい。 レジ打ちをしている店員さんの隣で、春月はそんなことを考えていた。 案内された精算機で、春月は手早く支払いを済ませる。 そして、店を出て散歩をはじめた。 その足取りは、店に入る前と比べると格段に軽くなっている。
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