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先程購入した服を、春月はパーカーの上に羽織った。
店の外の世界には、何の気配もない。
人はともかく、今は夜だというのに妖をあまり見かけなかった。最近はどこも静かだ。
しかし、妖というのは陰陽師を避けるらしいから隠れているだけなのかもしれない。
だとしたら申し訳ないことをしてしまった。
春月はそう思いながらも、特に反省はしていなかった。
なぜなら道は公のものであるので、妖怪に気を遣って出掛けないというのは馬鹿らしいからである。
そうこうしているうちに、時間は過ぎさらに夜が深くなる。
そろそろ朧たちもいなくなっただろうか。春月は足を止める。
この辺りは24時間営業しているものといえば、コンビニくらいしかない。
流石にそれでは時間が潰せないだろうから、春月は屋敷に帰ることにした。
案の定、こんな遅くまで屋敷に残るものなど誰もおらず、朔や朧はどこかへ行ったようだ。屋敷には誰もいない。
眠いからそろそろ寝よう。春月は能天気に寝る準備を始める。
買ってきた食べ物を冷蔵庫に入れ、風呂に入り、そして寝巻きを着ようとした。
霞の体が大きいせいか、はたまた寝巻きが小さいからだろうか。
当然のことながら、春月は寝巻きに首を通すことができなかった。
あの時、寝巻きも買えばよかった。
後悔しても仕方がないので、朔が置いていったジャージを勝手に着る。
そしてようやく布団に入ろうとするが、今度は布団が小さすぎて寝れない。
なのでまた朔が泊まる時の布団を奪って勝手に寝ることにした。
(朔は今頃どうしているだろうか)
敷いた布団の中で春月は考えた。考えているとひたすらに眠くなるものだ。
それほど時間をかけず、春月は完全に寝てしまった。
それも蔵に最も近い自分の寝室で。途中で誰か訪ねてきたらどうするんだ。
そんな考えはその時の春月には無かった。
そしてさわやかな朝がやってくる。時刻は9時30分。
やっと起きた春月はまずはじめに寝室の箪笥に腕をぶつけた。
いつもの感覚で枕元のスマホを取ろうとしたからだ。
ぶつけた場所が少し赤くなっている。あまりに突然の痛みに、春月はあと少しで叫びそうになった。
そして自分の服を着ようとしてなぜか着られないので困惑して何度も着ようとして少し破いた。
そうだった。今日はいつもの体じゃないんだった。春月はまた忘れていた。
そのことに気づいた春月はおもむろに部屋を出て、押し入れをあさる。霞の予備の制服を取り出そうとしていた。
しかし、先に見つかったののは朔の制服だった。
霞の制服も探せばこの中にあるのだろうが、めんどくさいのでやめた。
ついでに言えばそれより先に朧の制服も見つけてはいた。けれど勝手に着たら本気で怒られそうなのでやめた。
そして、春月は当然とばかりに勝手に朔の制服を着る。
そうして、午前10時半。春月は30分もの間、その場に立ち尽くしていた。
もはや、混乱という領域を越えて、少し笑っている。
笑っているというか、半分寝てすらいる。
これがマルチタスクなのだろうか。
30分もの長い間、春月は一歩も動かない。
凍っているようにも見える。
誰もが静止画と見間違えるほど、春月は静止し続けた。
あと30分はこのままでいいや。最悪、誰か来るまでここに居よう。
やる気の無い春月が案山子のように立っていると、後ろから何かの気配がした。
「バン!!バンバン!!」
春月が後ろを向くと、鋭い牙、漆黒の目鼻。そして三角のぴんと立った耳。
びっしりと全身に生えた毛はどこか毛玉を彷彿とさせる。
その獣は凛と前足を張り、その小さな体に見合わぬ大声で吠え散らかした。
サイズは2.5キロ。とっても元気なポメラニアンだ。
春月は術符をしまい、犬のほうを見た。
あの顔は間違いない。大好きなちりぺっぺだ。
「よ~しよしよし」
春月が撫でると、ちりぺっぺは吠えるのをやめ激しくしっぽをふりはじめる。
ちりぺっぺは春月の昔の愛犬だった。
そして春月はちりぺっぺを溺愛している。
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