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「味がしない」
霞にとっては不服だったが、ちりぺっぺはおいしかったようだ。
嬉しそうにへらへらしている。
そして、ちりぺっぺはパンも食べたいとおねだりをはじめた。
「なにしてるんだこの犬……」
ちりぺっぺは前足を大きく掲げ、犬らしからぬ二本足で立つ。
そして前足を激しく動かした。
舌なめずりも止まらないようだ。
おねだりの成果か、ちぎったパンが与えられたようだ。
ちりぺっぺはパンをハミハミして飲み込んだ。
「おい、丸飲みしたぞ。噛め」
今度はパンを食べたようだが、何の味かよくわからなかった。
なぜなら、ちりぺっぺが丸飲みしたからだ。
次から次へとパンを丸飲みするちりぺっぺに霞は不安を覚える。
何か食べ物ではない小さなアクセサリーや、消しゴムなどを丸飲みしてしまうかもしれないと考えたからだ。
「おい、大丈夫か?食べ物と食べちゃいけないものの違いとかわかるか?」
ちりぺっぺは不思議そうに首をかしげた。すると、春月が補足する。
「確か昔、ちっちゃい消しゴムとか食べてたよね」
これくらいの大きさと春月は親指と人差し指を使って大きさを表現してみせた。
これは大丈夫じゃなさそうだ。霞は思う。
なんとかしてこの犬と話し合って、食べ物以外食べてはいけないことを伝えないといけない。
全く飼い主はどんな教育をしているんだ。
春月の顔を見上げると、ちょうど目があった。
「そういえば今やっと気づいたこと、言ってもいいか?」
霞は春月の服を見た。そういえば自分の制服と少し色が違う気がする。
「なんでお前は朔の制服を着ているんだ?」
春月は答えなかった。探すのが面倒だっただけなんて言えなかった。
沈黙に霞は答えを見つける。春月のずぼらは霞でさえ知っていた。
そうしているうちに昼ごはんの時間は終わりを迎える。
春月は、パンの袋やサラダの容器などをゴミ袋に入れた。
そして、それをゴミ箱に捨てると、今度は洗面台に行き、歯磨きをはじめたようだ。
「おい!!勝手に自分だけ歯磨きするな!!私の歯も磨け!!」
霞は今は犬の妖怪ではあったが、人間だった頃は食後の歯磨きを欠かしたことはなかった。
犬の姿になった今、自分で歯ブラシを持つこともできない。
仕方がないので、そこら辺の座布団などを噛んで汚れを取ることにした。
しばらくすると、春月は何かを手に戻ってきた。
「おい、何持ってんだ?」
霞の低い位置からでは少し確認しづらいが、あれはおそらく歯みがき粉だ。
おそらく洗面台から持ってきたのだろう。
なぜ歯みがき粉などを洗面台から持ってきたのか霞にはわからなかった。
ちりぺっぺはそれをおやつと勘違いしたのか喜んでいる。
「引っ越しするんだよ」
春月は言った。
「引っ越し?!」
霞は驚いて、復唱してしまう。
そうしていると、春月は押し入れやら箪笥やらからあらゆる物をひっぱり出しはじめた。
そしてクローゼットから大きなバッグを取り出し、それに入れはじめる。
「突然引っ越しするって、一体どこに引っ越すんだ」
春月の手が一瞬止まった。
そうしている間に、ちりぺっぺが何かを見つけてしまったようだ。
骨?を模したゴム製のおもちゃを一生懸命かじっている。
さっき春月が箪笥から出した何かに混ざっていたのだろう。
目線が骨に集中してしまい、春月の様子が確認できない。
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