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「あの、ムーン……?」 部屋の時計のカチカチという音が気になりだし、俺から沈黙を破ってしまった。今日もそのまま切ったって良かったのに。 『換毛期(かんもうき)ですよ、ラビットさん』 へ?という、呼吸のような声が口から漏れた。 『寒い冬に向けて毛が生えかわり、色までかわるウサギもいるんです』 そういえば夏と冬で色が違うウサギが、幼稚園の時にいたな。 『変化は進化ですよ。寒い冬の後にはまた夏に向けて色が変わる。どんどん変わっていくんです』 「俺の場合は……進化できるとは限らないよ。しかもプロなんて、夢のまた夢だし」 『努力は無駄ではありません。それになにより、楽しい時間でもあるのでは?』 「うん?……そう、かも……?」 毛の生えかわりか……幼稚園のウサギ……ふわふわだったな。 「ふっ」 思わず吹き出してしまい、息がスマホの通話口にかかってしまった。 ぷちっ 「え?」 ツーッツーッツーッ…… 通話が終了してしまった。ムーンの方から切ったのだ。 「しまった。励ましてくれたのに笑うなんて失礼だったか?」 何も映らなくなった真っ黒なスマホの画面を見つめて、じわじわと後悔が押し寄せてきた。
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