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「これは、私が求めてる海じゃない!」
隣で海に向かって怒っているのは、海なし県出身の僕の彼女だ。
「どんな海を想像してたのさ」
「海といえば、静かに打ち寄せる波でしょ。あと、太陽の光を反射してキラキラ光る水面」
振り返った彼女は、満面な笑みでこっちを見ていた。
「波、打ち寄せてるじゃん」
「私の海は、こんなに白波が立つほど荒れてないの」
「私の海って…」
「海といえば、サザンでしょ。でもこんなに荒れてたら、演歌だよ」
そういう彼女は、明らかにふてくされている。
「だいたい、冬の海にくるからだろ。サザンなら夏でしょ。しかも、あいにく今日は、冬の厚い雲で太陽は見えないし」
「だって、海来たかったんだもん」
そういうと、彼女は、悲しそうに俺を見た。
俺は、そんな彼女の頭をよしよしと撫でてやることしか出来なかった。
「どうする?水族館でも行く?」
俺の提案に、彼女は首を横に振った。
「行かない。海でやりたかったこと絶対やる」
彼女は、意地でも海を堪能することにしたようだ。
「じゃあ、行ってくるから待ってて」
俺は、石段に座ると駆け出す彼女を見送った。
彼女は、波を追いかけたり、波で打ち上げられたものを拾ったりと子犬のように走っている。
さっき聞こえた悲鳴は、きっと波でお気に入りの靴が濡れたんだろう。それなりに楽しんでいるようで俺は安心した。
しかし、じっと座っているには冬の海は、過酷だ。俺はたまらず自販機にコーヒーを買いに行くことにした。
買って戻ってくると、ちょうど彼女もこちらに歩いてきた。しかし、なにやら手に持っている。
「はい、お土産。ワカメだよ」
「それ、ワカメじゃなくて昆布だから」
「え?そうなの?」
「あと、持ち帰らないよ」
「駄目?」
「駄目。返してきなさい」
彼女は、ふてくされながらしぶしぶ、昆布をもとあった場所に戻して帰ってきた。
そんな彼女に買ったばかりの缶コーヒーを渡した。
「はい、どうぞ」
「あったかい」
彼女は、両手で缶コーヒーを持つとほっと息を吐いた。
「海、いっぱい堪能したみたいだね」
俺の言葉に彼女は、そっぽを向いて言った。
「堪能なんてしてない。今度は、ちゃんと本物の海を見に連れてきてよね」
「じゃあ、次は夏だね。水着楽しみにしてる」
俺の言葉に彼女は、ぷいっと目をそらした。
「えっち。水着なんて着ないからね」
車に向かって歩き出す彼女を、俺は笑いをこらえながら追いかけた。
家まで送ると、彼女はコーヒーの空き缶片手に降りようとした。俺は、慌てて彼女に言った。
「俺が捨てとくよ」
「いいの。これは、私が持ち帰るから」
彼女が空き缶を持ち帰った理由を、俺が知るのはしばらくあとだった。
しばらくして訪れた彼女の家には、日付がかかれた缶コーヒーの空き缶が貝殻と一緒に飾られていた。
「貝殻は分かるけど、何で空き缶?」
「うるさい!これも海デートの思い出なの!」
恥ずかしそうに顔を赤らめて怒る彼女を俺は抱きしめた。
あまのじゃくな俺の彼女は、今日もかわいい。
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