鍵のかかった納屋 前編

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鍵のかかった納屋 前編

数年前、近所の住宅街で妙なものを見つけたことがある。 当時私は、山口県の西部に住んでいた。 バイトをしながらその日暮らしをする気ままな生活をしていた。 私は古くからの住宅街を通って通勤していた。 その住宅街は、田畑が混じり、敷地の広い蔵のある家なども多かった。 昔ながらの百姓家が現存していた。 また、高齢化で農家が田畑を手放し、新しい家なんかも増えていた。 古くからある家と、新興住宅が混じる田舎のベッドタウンの端… そんな印象だった。 その住宅街には、奇妙なところがあった。 古い百姓家だろうが、新しい家だろうが、関係なく「納屋」があった。 農機具を収める必要がある、百姓家なら分かる。 だが、どう見ても田畑はない一軒家も、庭の一角にぽつんと「納屋」があったのだ。 どの家にも例外なくあった。 また、「納屋」に関しては質素な作りだった。 家は壮麗な作りだが、納屋は汚れたトタン張り…そんな家も少なくなかった。 几帳面なことに、どの家もきちんと南京錠をして、しっかり施錠をしているのだった。 戸締りに関しては、平和な田舎なのでドアが開いていることすらよくあった。 だが、この納屋が明け離れた状態は、全く見たことがなかった。 農家なら分かるが、農家でもないのになぜ、鍵のかかった納屋が必ず存在するのだろう。 私が知る限りでは、この町しかそのような状況はなかった。 私は…好奇心にかられ、その納屋に何が入っているか観察することにした。 残念ながら口下手で、新卒の就職先(半年もせずやめてしまった)があったから山口県に来ただけの私は、町の人間と仲良くなる術もつてもなかった。 ちょっと泥臭い方法だが、「張り込み」をすることにした。 公民館の角にゴミの集積場とポストがあり、そこに屋根も付けられていたため、身を潜めて見える範囲の家を観察することにした。 私は飲み水と菓子パンをリュックに入れ、双眼鏡で周囲の家を観察した。 バイトも5日ほど休みを貰った。 「5日間も何しに休むんだ?」と店長から言われたが、住宅街を観察する…とは言えなかった。 自分でもおかしなことをしているとは思う。 2件の家がのぞける。 他にも見える範囲に家はあったが、白塗りの高い塀を築いていたため敷地内を見るのは不可能だった。 一件目は社会人になった息子がいる、中高年夫婦の家だった。 もう一つは、独居老人だろうか。 おじいちゃんが一人で庭作業をしている家だった。 私は観察を始めた。 1日目 当初から収穫がなかった。 全く動きなし。 扉を開けることもないし、何かをしに入ることもない。 全く期待外れだった。 深夜まで様子を見ていたが、特に変化なし。 1時半ころ眠り朝を迎えてしまう。 2日目 昼間、夕方と何もなし。 ああ、なんてバカなことをしたと私は思い始めていた。 こんなことをするなら、家で野球を見てビールでも飲んでおくんだった。 激しく後悔した。 私は、せめて最後ホームレス然とした生活を楽しもうと横になって、夜空を眺めていた。 今夜何もなければさっさと帰ろうと思っていた。 午前2時頃、小さな音で私は目が覚めた。 どすん、どすんとドアや壁を叩く音が聞こえたのだ。 私はすぐに双眼鏡を覗く。 暗闇の中、うっすらと月明りで納屋の輪郭が見える。 納屋は、扉が押されて音を出していた。 南京錠の掛け金が震え、南京錠はぶらぶらと揺れている。 何かが納屋の奥から扉を押している。 私は息を飲んだ。 首筋が寒くなり、怖くなった。 何かがいる。 誰かが閉じ込められているんだろうか。 しかし、昨日は日中開かずの納屋だったはずだが。 そう思っていると、すぐに家の明かりが点いた。 夫婦が家から出てきて、懐中電灯と小物入れを手に持ち、納屋のカギを開けると中へ入っていった。 1~2分ほどで、夫婦はまた納屋から出てきた。 だれも出てくることはなく、夫婦は家に戻った。 その後、納屋は叩かれることなく、静まった。 3日目 もう少し張り込みを続けることにした。 昼を過ぎ、夕方になる頃、夫婦宅と老人宅もほぼ同じ時間に納屋へ向かった。 空の洗面器を持っていて、納屋のカギを開け、中に入る。 10分ほどして、出てきた。 夫婦も老人も、洗面器に山盛りになにかを積み、布巾やタオルを上からかけ、家に戻っていった。 洗面器に何を入れていたかは分からなかった。 日中は以降何もなく、深夜2時に今度は老人宅で昨晩と同じことが起こった。 老人宅の納屋は幾分ボロのようで、扉が押されるたび、激しく納屋自体がきしんでいた。 これもすぐに老人が出てきて納屋に入る。 それきり収まる。 4日目 さすがに疲れてきた。 ただ、納屋の中にあるものを見届けるまでは、休みを使おうと思っていた。 好奇心が強いのも困りものだ。 今回は、夕方に老人宅の納屋が音を立てた。 激しくきしむ音がして、ドアの掛け金が外れかけた。 老人が血相を変えて飛び出した。 手には木の棒のようなものが携えられていた。 老人が納屋に入ると、老人の怒号が響いた。 何を言っているかは聞き取れなかったが、怒鳴り散らす声だった。 深夜、3時頃、結構激しめのドアを叩く音が夫婦宅の納屋から聞こえた。 すぐに家の電気がつく。 夫婦と、息子が飛び出してきて、納屋へ。 息子の手には、棒状のものが握られている。 納屋に入ると、激しい物音と悲鳴らしい声が一瞬聞こえ、すぐに音は沈静化する。 息子と、夫婦が納屋から出てくる。 一家は、何事もなかったかのように家に戻る。 明日は最終日だ。 何か得るため、多少強引な手段を取ろうと思う。 【続く】
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