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「なに、それ」
私は、眉をひそめる。
星野がこういうオカルティックなことを言うなんて、らしくなかったからだ。
でも、星野はふざけているわけではないらしい。真顔のまま、私に問いかける。
「今、月野は死にたい?」
「え? 何、急に……」
星野に訊かれて気がついたけど、私の中の起死観念は、いつのまにか綺麗さっぱり消えていた。
その時、私ははっとした。
いつからか、私にとってスマートフォンが価値観の物差しだった。こうすべき、ああすべき。顔も名前も知らない相手の言葉に、一喜一憂して。
本来は、価値観なんて自分で決めるものなんだ。
「いや、特に……」
私の答えを聞くなり、星野がにっと笑った。
「でしょ。つまり、そういうこと」
その時、甲高い、それでいて野太い声が車内に響いた。
オレンジ色のキャップを被り、大きめのリュックサックを背負った男性が、隣の車両から歩いてきた。
星野がはっとして顔をあげる。
スルースキルが高い星野にしては珍しく、わかりやすく身構えていた。母は、さすが年の功。顔色ひとつ変えないでスマートフォンで芸能ニュースを見ている。
男性は、私達を一瞥すると、
「そっくり! そっくり!」
大声を放った。
私は咄嗟に、困った時専用の愛想笑いを顔に貼り付け、星野は聞こえよがしにため息を吐いた。
男性は、嬉しそうに続ける。
「ふたりとも△△が⬜︎⬜︎だね!」
それは私のコンプレックスであり急所。
「ちょっと……!」
星野が、私を庇うように腰を浮かす。
私は呼吸が止まりかけたが、
「そうでしょっ!」
間髪入れずに母が肯定したので、ぎょっとしてしまう。
「そんなところも可愛い、自慢の娘たちです!」
ちょ、母、何を言ってるの。
意表を突かれて、私達姉妹は目を丸くした。
「――そっかあ!」
「そうですよ!」
母の勢いに押されたのか、男性は大仰に頷いた。母も負けじと元気に応える。
私は思わず口を挟む。
「お母さん、恥ずかしいから、やめてよ……!」
星野が、気遣わしげな目でこっちを見る。
私は言ってやった。
「やめてよ、そんな当たり前のこと言うの。だって自分で言うのもなんだけど、こんな美人姉妹、なかなかいないんで!」
どや顔の私。
お兄さんはあっけにとられる。
ナイスファイト。
私と星野は目を見合わせ、堪え切れずに笑った。
※
電車がトンネルを抜ける。
続いて、男性が不思議そうに首を傾げた。
「スマホノモッケ、どこ行った?」
「へ……?」
それ、さっき星野が言ってた謎の言葉……。
きょとんとする私の隣で、星野がいかにも面倒くさそうに答える。
「トラックに轢かれて死んだんでしょ」
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