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01.王子は溺愛する
「最近愛が凄いね、こっちまで咽せそうだわ」
私の髪を梳かしながらヴィラが感心した様子で呟いた。彼女は娼館から来てもらった友人だけど、侍女としてこれ以上にないぐらい良く働いてくれている。
鏡越しにその表情を見ながら私は「そうかしら」と返答をした。ノアのことを言っているのだと思うが、何も彼の態度は今に始まったわけでもないし、私にとっては特に驚くことではなかったから。
「リゼッタは慣れてるかもしれないけれど、ノアの愛の深さは度を超えてるっていうか異常よ」
「べつに嫌われてるわけじゃないし…」
「息苦しくないの?この前ノアに女子トイレでリゼッタとどんな話してるか聞かれた時、私ちょっと引いちゃった」
「……それは引いても良いかも」
今まで特別に意識したことはなかったけれど、確かにノアが自分に向けてくれる愛情は少し、いやかなり、重めだ。今までシグノーはもちろんのこと、義両親にもそんなに愛されたことがないので私は彼の愛の深さを測りかねていた。
「あと、ご丁寧に絶妙に見えるところにキスマーク付けるのも止めてって言っといて」
「……ごめんなさい。伝えておく」
カバーするためのファンデーションをポンポンと胸元に塗りながら、呆れたように言うヴィラに謝った。
「ノアだって性行為覚えたての青い学生じゃないんだからさ、こんな子供染みた真似しないで欲しいよね」
「うーん、そうね…」
「リゼッタなんて朝から晩まで冷徹な姑に鍛えられて、夜はノアの相手してんのよ?身体が持たないわ」
「それは確かに……」
仰る通りで、寝不足のままマリソン王妃の授業を受けるのはかなり身体に堪えていた。蓄積された疲れがないかと言われると嘘になる。正直今だって脳はまだ眠ったような状態だ。
二人で話をしていると背後から咳払いが聞こえた。
「冷徹な姑だけど、お時間良いかしら?」
ヴィラが慌てたように手を動かして、滑ったメイクポーチが彼女の手から床に落下した。転がるペンや小さなアイシャドウのケースを私も一緒になって拾いながら目配せをする。
「マリソン王妃殿下!失礼いたしました!」
「……良いのよべつに。それよりノアを見ていない?」
「こちらには、いらしていませんが…」
「だいたいノアは貴女と一緒に居るでしょう?此処に来たら会えると思ったんだけどね」
ウィリアムの家にでも行ったのかしら、と独り言のように呟きながら去って行く背中を見送った。マリソンの姿が完全に見えなくなるのを見計らって、ヴィラは大きく息を吐く。
「焦ったー!噛み殺されるかと思ったわ」
「王妃も意外と優しいのよ?」
「私にはまだそうは見えないけどなぁ」
ヴィラは腕を組んで唸るように言った。
「そういえば、話の続きだけどさ」
「ええ。なに?」
「今はあんな風に愛のバーゲンセールみたいなノアだけど、流石に年数が経つと多少は落ち着くじゃない?」
「まあ…そうだと思うけれど、」
「じゃあ、そうなった時が辛いわよね。あんな濃い愛に慣れていたら塩対応に変わった日には発狂ものよ」
そうなのだろうか。塩対応をするノアというのは言葉では理解できるものの、もしも彼が今のように私を求めなくなった時、果たして自分の感情がどう変化するのか今は分からない。
正直なところ、想像もつかなかった。
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