06.王子は知る※

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06.王子は知る※

しかし、味気ないという評価を下したにも関わらず、ノアは暇さえあれば私を求めてきた。その姿は失った彼自身の記憶への焦りや苛立ちを感じさせた。 「……っん」 気を抜くと口の中に入れられた指を噛んでしまいそうになる。マリソン王妃の指導の合間に図書館に行こうと、廊下を歩いている途中でノアに捕まったのは30分ほど前のこと。何も言わずにズンズン腕を引いて歩くから、どこへ行くのかと思えば、誰も来ないような物置に連れて行かれた。 「あ、あ……っや、だめ…ッ」 すりガラスの向こうを人影が通過して、慌てて突き上げるノアの肩を押し返す。 「婚約者なんて便利な冠だな」 「……?」 「こんな扱いされても一緒に居てくれるの?」 「っんあ、」 ぎゅっと胸の先端を摘まれて思わず高い声が漏れた。 ノアの動きが激しさを増して、溢れた蜜が太腿を伝って落ちてくる。頭の奥がチカチカするような感覚がして、もう何も考えられなかった。 メイドの集団なのか、話し声がすぐ側でする。ドア越しに自国の王子がこんな事をしているなんて、誰も想像がつかないだろう。そんな背徳感ですら興奮材料になるから、本当にどうかしている。 「あ、そこばっかり、やぁ……っんん!」 執拗に同じところを擦られて身体を震わせると、ノア自身も限界だったようで膣内で熱い温もりが広がった。 力が抜けて倒れ込むと、ひんやりした床板は私に現実を思い出させる。ノアは記憶をなくしている。今彼が私を抱いているのは愛でも何でもなくて、ただの欲求解消。彼自身が話したように、婚約者という名の便利屋は所構わず好きにされる存在なのだ。 それでも一緒に居るしかない。 私はノアにそれだけの愛を貰っていたから。 「俺のこと嫌いになりそう?」 ノアは衣服を整えて、床に転がる私を覗き込む。 その瞳をしっかり見返して私は微笑んだ。 「いいえ。貴方は私をどん底から救い上げてくれたので」 「救い上げる……?」 「婚約破棄されて娼館で働いていた私を助けてくれた感謝を、私は生涯を懸けて返す必要があります」 「待って、」 驚いたような表情をノアは浮かべた。 「婚約破棄…?娼館ってどういう意味?」 「え?」 「リゼッタ、君は他の男に使い捨てられた女なのか?」 「………ノア?」 何を今更、そう思った。ノアが私を気に入ってくれていたことで忘れていたのかもしれない。婚約破棄されて娼婦になった女など卑下されるべき存在であるという自覚は、甘い甘い沼に沈んでいる間に私の中で薄れてしまっていた。 「ごめん、ちょっと…気持ちの整理がつかない」 「説明をさせてほしいの、聞いてください…!」 明確な困惑を表したまま、伸ばした私の手を避けるようにノアは身を引いた。行き場を失くした手が宙を彷徨う。 泣き出したくなった。 今までそれは自分だけが気にしていれば良い問題で、こんな風にノアから何かを言われることはなかった。彼自身、本当は気掛かりだったのだろうか。いや、それならば、そもそも婚約なんて申し出てくれないはず。 混乱する頭で見上げる私に、ノアは憐れむように言った。 「金さえ積まれれば誰とでも寝る女が伴侶だなんて、俺はどうかしていたんだろうな」
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