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「無理もないわね。私が生きてた頃、江戸時代って呼ばれてるみたいだけど、その頃の厠といえば、家の外にあって、薄暗くて、臭くて、寒くて、虫も這っていた。大人であっても一刻も早く出ていきたいような嫌な場所だったのよ。それが今やお屋敷の広間みたいに明るくて、便座はあったかいし、ボタン一つで洗浄してくれるし、とても快適な空間になったじゃない。曜子さんだって経験があるんじゃない? 今の人ってスマホ片手に便座に座って休憩するの。そんな場所でうらめしや~って登場しても、別の意味の怖さしか生まれない」
「ここまで来たら怪異じゃなくて不審者よね。渾身の格好をすればするほど、コスプレか何かと思われそう」
「全くもってその通り。刃物を持った犯罪者の方がよっぽど怖いのよ」
「それは昔からそうなんじゃないかな……」
「そんなことない。信じる力が強かった昔の人は、呪いによって命を落とすこともままあったわ」
「そうなの?」
「物理的に命を奪う犯罪者と、怪奇現象によって生気を奪う私達。元々そこに大きな差はなかった。まぁ今となっては昔話ね。曜子さんだって初めて私を呼び出した時、ちっとも怖がらなかったじゃない」
そりゃあ、だって……。
「花子さんは髪で顔を隠した格好で、トイレから出てきただけ。給食に虫を落としたり、髪の毛を掴んで脅してきたりしなかったから」
「結構陰湿ないじめに遭ってたものね。先生に見つからないようにトイレでやるもんだから、私もよく見てたわ。私を呼び出す儀式もあの子達に命じられてだった、そうよね?」
「うん。花子さんと初めて会った時のこと、今でも覚えてるよ」
私には昔から強い霊感があった。そのことを学校で明かしたらからかわれたから、幽霊は本当にいるって言い返した。それがいじめられるようになったきっかけだと思う。私をいじめるあの子は幽霊がいる証拠を見せろって言って、私に花子さんを呼び出す儀式をするように言ったの。手前から奥の個室まで順番に、三回ノックして呼びかける。これを三セット。すると手前から三つ目のドアから「はい」というか細い返事が聞こえて、あの子やその取り巻きは青ざめた。最初は何かのトリックだなんて言って強がってたけど、それからゆっくりとドアが開いていったから、皆一目散に逃げ出した。私は本当に花子さんを呼び出せるなんてと驚いて、目の前にいた黒い髪の女の子を呆然と見つめていた。
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