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コンコンコン。
「花子さん、遊びましょ」
学校の女子トイレにて、手前から奥の個室まで順番にノックして呼びかける。これを三セット。一体誰が最初にやったのかわからないこの儀式をやり遂げると、手前から三番目のドアから「はい」とか細い声が返ってきた。懐かしい声に私は思わず笑顔になって、三番目のドアを指先で押した。真新しい蝶番は滑らかに動き、真っ白なドアがゆっくりと開く。そこには死装束みたいな白い着物を着た女の子が立っていて、青白い唇が伸び放題の黒髪の下で弧を描いていた。
都市伝説として有名なトイレの花子さんは実在する。少なくとも、この学校に限っては。
私の体温に反応してか、花子さんの後ろで「ピッ」という電子音がし、トイレの便座が勝手に開いた。ウォッシュレット付きのトイレは私が使うのを今か今かと待っていて、ノズル洗浄を始めた。
「久しぶりだね、花子さん」
「誰かと思えば曜子さん。見違えたわ。こんなに大人っぽくなっちゃって」
「だってもう大人だもん。お酒だって飲んでるのよ」
「驚きだわ。あの泣き虫だった曜子さんがね」
最後に花子さんと会った時、私はまだ身長も伸び切ってない子供だった。あれから十年が経って、小学校、中学、高校と卒業して大学生になって、教員免許を取るために昔懐かしい母校に戻ってきたのが今。当時おんぼろだった小学校は私が小学六年生になる直前に解体されて、どこかの私立大学みたいなピカピカで洒落た校舎に生まれ変わった。教室には壁がなくて廊下に続いてるし、図書館はカフェテリアみたいに洒落た造りをしてる。トイレもホテルみたいに清潔感たっぷりになって、小学生が使うというのにウォッシュレット機能も音姫もある。こんなにいいトイレを置いたら皆悪戯するんじゃないかと心配になったけど、今の子供達にとっては特に珍しいものでもないのか、そういう話は殆どないみたいだった。
「校舎が変わってもまだ花子さんはいたんだね」
「他に行くところもないから。呼び出してくれる子はすっかりいなくなってしまったけど」
「今どきの子供って学校の七不思議や都市伝説には興味ないから。Youtubeの方が面白いみたい」
「こっくりさんも言ってた。今の子供はこっくりさんをやってる動画を見て笑い者にしてるんでしょ?」
「そうだね。どうせCGややらせだろうって、本気にしてないみたい」
「残酷だわ。私達は恐怖の象徴として存在してるのに」
花子さんは腰まである髪を揺らしながら、トイレの便座に腰掛けた。小さな体には少し大きくて、浮いたつま先がぶらぶらとしている。
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