綺麗な男

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それから三日後、ヤツがまた店に来る。 少し胸が踊っていることに気付いたけど、ヤツは四席あけて座り、 (なんだ、離れたな) なんて、がっかりしたんだか、変な俺。 「あちらのお客様からです」 彼の方へ手を向ける涼さんから、スッとカクテルを出されて、一瞬戸惑う。 「『エンジェルキッス』、カカオリキュールに生クリームです」 甘そうだな…… 正直、ちょっと顔が歪んだ。 グラスの上には、カクテルピンに刺された真っ赤なマラスキーノチェリーが飾られている。 それでも知らない奴からカクテルなんか貰ったことないし、どうしたもんかと思い悩む。 「普段はこういうのお断りするんですけどね、麦さんだから、頼まれて作っちゃいました」 なんて笑顔の涼さん、なんでよ。 「『エンジェルキッス』のカクテル言葉、『あなたに見惚れて』です」 ふっと笑って涼さんが俺の前から離れて、違う席の客の方へ向かう。 え? …… なんでよ。 ちょっとドキドキとして、ヤツの方へ視線を恐る恐る流すと、俺をガン見している。 咄嗟に逸らした。 え? そういうこと? あいつ、ゲイ? 遠くからでも分かる、右目の下の泣きぼくろが印象的だった。 参ったなぁ…… 普段断るなら今だって断ってくれよ、と涼さんを恨む。 「よくお会いしますね」 突然の声に驚いて横を見ると、いつの間にか隣りに座っている。 「あ、あ…… これ、ご馳走様です」 どうすりゃいいんだよ、なんて思いながらも、近くで見るとさらに綺麗な顔で、何故だか心臓がドクドクし始める。 「甘そうですよね、でも、気持ちです」 気持ちって、『あなたに見惚れて』ってことか? 「毎日来てるんですか? 」 「あ、いや…… まぁ、ちょっとここのところは毎日だけど…… 」 司紗のことで一人は辛くて、ずっと毎日ここに来ていた俺。 「なにか、つらいことでも? 」 それを言うなら、あんただってこのまえ泣いてだだろう? って顔になっていたようだ。 「淋しい者どうし…… どうです? 」 正直、司紗をまだ忘れきれない俺は、少しヤケになっていたってか、男と遊んでみる経験も悪くないかもな、なんて思い始めた。 コイツ、綺麗だし。 テーブルの上に置いた俺の右手を、ヤツの手が覆って、その上から俺が左手で覆ってみせる。 「広瀬(ひろせ)と言う、貴方は? 」 「…… 麦倉(むぎくら)」 広瀬が本名なのか分からなかったけど、俺はつい、本当の名前を言ってしまう。 「ああ、バーテンダーさんが麦さんと呼んでいたのは、そういうことなんだ。俺も麦さんって呼んでいいかな? 」 「さん、は要らないよ」 「じゃあ、『ムギ』でいいかな? 」 「ああ、じゃあ俺は『ヒロ』でいいか? 」 なんて、スラスラと言葉が飛び出る。 俺は広瀬のことを『ヒロ』と呼び、ヒロは俺を『ムギ』と呼んだ。 「お互いのことを明かすのは名前だけにしよう」 そう言ったのはヒロ。 それでも俺たちはすっかり意気投合して、くすくすと笑いながら酒を飲んだ。 久し振りだと思った、こんなふうに楽しく酒を飲むのは。 「んんんんん…… ああぁぁ…… ムギ…… すごい…… 」 その日のうちにヒロとホテルへ行った。 司紗との時は俺は受けていた方だったから、流れ的に俺が挿れる方なんだと分かって、どうすりゃいんだと眉間に皺が寄りながらも、自分がされていたことを同じようにヒロにする。 女は腐るほど抱いてきた。それが男に変わっただけだ、挿れる場所が違うだけだ、同じようにコイツを抱いた。 バックでやった。 てか、すごい。 アソコが持っていかれるほどに締まりがいいし、めちゃくちゃに気持ちがいい、女と比べものにならない、もう射精()てしまいそうだ、こんなにいいのか、アナルって…… 。 達してしいまいそうで、俺の腰の動きが速くなるとヒロの喘ぎ声が高く大きくなる。 「やぁぁぁ、んんっ!もう、だめっ!やっ!はぅっ!ああっ!…… 」 顔を枕に埋めて、シーツを鷲掴みにしているヒロの姿になんだか興奮する俺。 いや、男だぞ、ヒロ…… イキそうなのに、そんなことが頭を掠めた。 逞しい身体のヒロ、割れた背筋に無性に色気を感じる。 おかしいだろ、こんなの…… 。 酷く戸惑いながらも、俺はヒロの中で達してしまう。
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