言えなかった

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言えなかった

「では、失礼する…… 」 コトが終わるとシャワーを浴び、真夜中なのに一人ホテルを出て行くヒロ。 まぁ、そうね。 それが目的だったからな、ホテル代だってヒロが払ったし、別にな…… 。 一人ホテルに残されたことなんてないから、なんとも言えない空虚感に襲われながらも、随分と久し振りに朝までぐっすり眠った。 「おぅ、朝か」 ひとりで喋って、やっぱ虚しかったけどな。 それでも毎日通っていたバーに、翌日から少しの間、俺は行かなくかった。 ヒロに会ったら気まずい、とか思ったわけじゃない、一人でいても平気だったから。 なんとなくヒロのことを一日に何度か思い出し、何日か振りにバーへと足を運ぶ。 重厚感のある扉を開けると、まず目に入ったのがヒロの姿。 いつも俺が座る場所の、隣りの席に座っている。 やっぱり、一瞬戸惑う。 ヤッたんだよな…… って頭を掠めた。 そんな俺の戸惑いなんか吹き飛ばすように、ヒロは俺を見て軽く手を上げ優しい笑みを向ける。 つられて俺も、軽く頬が緩んだ。 「久し振りですね、麦さん」 「ん、ちょっと来すぎてたからね」 「…… 表情が柔らかい」 安心したような笑みを浮かべる涼さんにそんなふうに言われて、隣りにヒロもいる、なんだか気恥ずかしくなった。 「あれ? 『エンジェルキッス』だよな」 ヒロが飲んでいるカクテルを見て、思わず訊いた。 知らなかったけど、涼さんに教えてもらったから覚えている。 「ああ、君に贈ったけれど美味しそうで自分でも飲みたくなったんだ」 屈託のない笑顔でヒロが言った。 話しをするのはまだ二度目なのに、なんの躊躇いも感じずに話しができる、不思議だった。 「…… 甘い、だろ? 」 「やはり甘かったかな? 君には」 申し訳なかった、みたいな顔をされて首を横に振った俺。 「でも、美味しかったよ」 そう言うと、とんでもない笑顔を見せてくれて、トクンと胸が小さく打った。 なんだ、これ…… 変だろ、俺。 打った胸に戸惑う。 右目の下、少しこめかみよりにある泣きぼくろが色っぽい、男にこんな感情を持つ自分が信じられなくて、少し落ち着かなくなる。 「あっ、と…… ビール、もらえる?」 「かしこまりました」 笑いを堪えているような涼さんに、なんとなく決まりが悪い。 「食事は? 」 眉を上げて俺に訊くヒロ、とても二度目にする会話には思えないほどに滑らかだった。 「ああ、まだ…… ヒロは? 」 「俺もまだだ、何か頼もうか? 」 バーだけれど軽食が人気で、毎日きていた時にはここで夕飯を済ませていた。 ピザやカツサンド、サンドイッチ系は結構な種類もある、白身魚のカルパッチョなんか絶品だった。 「オムライスとかも、できますよ」 奥にある小さめの厨房には、二人ほど調理人がいるようだった。 「へぇ、オムライス食べたいな…… あ、でもここのカツサンド、この前食べたら美味しかったんだよな…… 」 メニューを見ながら迷っているヒロが可愛く見えた。 「両方頼んで、半分ずつに分けるか? 」 俺がそう言うと、どうすればそんな笑顔ができるんだってくらいに顔をくしゃくしゃにするヒロ。 なんだか楽しい、って、そう思った。 最初に行ったのはラブホ、今度はシティホテルだった。 ヒロがフロントで手続きを終えカードキーを受け取ると、俺に目配せをしてエレベーターへと向かう途中で合流する。 「この前も払ってもらったから…… 」 ホテル代のことを話すのもなんだかなぁと思いながらも、どうすればいいのか迷って口にした。 「いいんだ…… 俺が、ムギに抱いて欲しいから」 ヒロはお願いして抱いてもらっている、俺はお願いされてヒロを抱いている、そういう立ち位置になっているのかと、少し腑に落ちない。 部屋に入るなり、俺に激しく唇を押し当てるヒロ。背丈は俺とさほど変わらない、激しさに体があとずさり、ベッドにつまづくとそのままヒロが上になって二人して倒れ込んだ。 口の周りが唾液まみれになったけど、嫌じゃなかった。 まともなキスも、久し振りな気がした。 女と遊びでセックスする時はキスをしない、司紗もあまりキスをする奴じゃなかったから、こんな熱いキス、それだけで身体が痺れてしまいそうだった。 「はぁ…… はぁ…… ああ、ヒロ…… 」 くるりと上体を転がし、俺が上になってヒロの唇に触れて舌をねじ込む。 すぐに俺の股間に手をやり上下に動かすヒロの手、動きがあまりに巧みで堪えるのが大変だった。 「んっ、んん…… ちょっ…… 待てヒロ…… 」 こんなんで達したら恥ずかしい、思わずヒロの手を止めた。 「ムギ…… はやく…… 」 潤んだ瞳のヒロは、今まで会った誰よりも妖艶だった。 またも終えると、一人で帰り支度を始めるヒロ。 いつもスーツで、ネクタイは締めずに上着のポケットにしまいこんでいる。 素っ裸の俺は、大の字で横になり天井を見つめた。 「また会えるかな」 俺の耳元で小さく訊く。 「ああ…… 」 その先の言葉が言えなかった。 ── 泊まっていけよ …… って。
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