会うたびに

1/1
781人が本棚に入れています
本棚に追加
/13ページ

会うたびに

いつ会う、なんて約束はしていない。 バーに飲みに行き、会えば一緒に飲んでいただけ。 と言っても、まだ二回しか一緒に飲んでいないし、その二回ともセックスをした。 思い返すと、火曜日と金曜日に来てるなと気付く。 それに合わせて行く俺はどうかしてると思ったけど、久し振りだった、こんな、よく分からない気持ちに心が躍ったのは。 「ごめんごめん、遅くなった」 いきなりそんなことを言いながら店に入ってきたヒロ。 別に約束なんてしていないから、キョトンとした顔をすると、ヒロが吹き出して笑い出した。 「馬鹿だな、俺。約束なんてしてないのに、勝手にしてる気になってた」 そんな素直に正直に言って笑うから、俺だって可笑しくて、可愛くて、顔を綻ばせてヒロをジッと見てしまう。 「…… そんなに見ないでくれ、君と約束をしていると勘違いしてしまったんだ、恥ずかしい」 頬を赤らめ、上目遣いでチラッチラッと俺を見る仕草が可愛い。 バーでは色々と話しをした。 それでも素性は明かさないヒロ、名前だって『広瀬』としかいまだに知らない。 ── お互いのことを明かすのは名前だけにしよう 最初にそう言ったのはヒロ。 映画の話しや音楽の話し、食べ物や飲み物、そんな話題で盛り上がれた俺たち。話しの中から何か身上が知れるんじゃないかとか、探りながら話したけど全くもって分からない。 ただの飲み友達、そしてまた、セフレ、か…… 、 なんて思って、あまり入れ込まないようにしようと用心する。 セックスは四度目になる。 またもヒロがフロントに向かうから、俺が腕を掴んで止めた。 「今日は俺が払うから」 「…… いや、それは止めてくれ」 真剣な顔で断られて、それ以上押せない。 バーではあんなに可愛くて俺のことを気遣ってくれているのに、ホテルに一歩入ると主導権はヒロになっていた。 部屋に入るなりシャワーを浴びようとするヒロに、たまらずに声をかけた。 「あ、あの、さ…… 」 「ん? 」 「ちょっと…… 話しをしないか? 」 いつもすぐにセックス、とはいえ、そのために来ているから、間違いじゃない。 俺たちは恋人同士じゃないし。 まだ癒えていないような胸の傷が、チクッと痛んだ。 「何の? 」 真顔で訊かれて、返事に困った。 ああ、そうだよな、セックスをしに来てるんだもんな、自分の顔が引き攣っているのが分かる。 「あ、いや…… 参ったな」 ベッドに腰掛け、頭を掻いた俺。 「…… 申し訳ない、気が急いてしまって…… 早くムギが欲しくてこうなってしまう」 引き攣った俺の顔に気付いたか、ヒロが俺のすぐ隣りに腰を下ろして手を握った。 「ん…… いや…… 」 潤んだ瞳でジッと見つめられて、情けない…… 我慢できなくなったのは俺で、話しをしようと言ったのに押し倒して唇を塞いだ。 「準備をしないと…… 」 とろんとした顔で俺を見つめ、そんなことを言う。 準備? なんのことだ? 眉間に皺を寄せて上からヒロをガン見する。 「準備って? 」 「…… 君を受け入れる…… 」 「受け入れる? 」 受け入れる、準備? ………… 。 なんだそれ、今さらヒロに訊けない。 とりあえず俺のプライド。 「ムギに…… 面倒をかけたくないんだ、準備をしていたのに、ムギは更に解してくれていた…… 」 解す? 何を? さっぱり分からなくて、表情が硬くなり怖い顔になってしまっていたようだ。 「…… 気を悪くさせてしまったか? 」 怖くなっていたような俺の顔に、ヒロは不安気な顔をする。 「わ、悪くなんか、なってねぇよ」 とりあえずキスをした。 超高速回転で俺が受けていた時のことを思い返す。 そう言えば…… あれは前戯なんだと思っていた。 挿れる準備だったのか。 ふぅん、そうか、いつもしてもらっていたから初めて認識した。 めっちゃくちゃに、今さら。 だからヒロにも俺はしてた、前戯のつもりで。 そういえば、今までだってどうしてた? いきなり始まったことだってあったよな、と思い返す。 「ムギと会えた時は、事前に準備をしていたのだが、今日はまだできていないんだ…… 」 「準備を? どこで? 」 どこで、どう解すっていうんだよ。 「そんな恥ずかしいことを訊かないでくれ」 顔を真っ赤にして少し頬を膨らますと、拗ねたように横に背ける。 どこでどうやってるんだか、さっぱり分からなかったけど、真っ赤な顔のヒロが可愛すぎた。 どんな女よりも可愛い、たまらずにまたキスをしてしまう。 「…… だから…… ちょっと待っていてほしい…… 」 ためらいがちにそう言って、するりとベッドを抜け出すヒロ。 おあずけを食らって、しょんぼりとしてしまったのが自分で分かる、そんな俺を不憫に思ったか、 「…… 準備ができたら呼ぶから、そうしたら浴室に来てくれ」 ビクンと俺の股間が動いた。 会うたび俺は、ヒロに惹き込まれていく。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!