序章・第一話 【凱旋】

1/1
10人が本棚に入れています
本棚に追加
/53ページ

序章・第一話 【凱旋】

 金茶室(かねぢゃしつ)女子高等学校、通称・茶校(チャコウ)。アタシの母校にして、唯一心を落ち着けられた居場所。  つくづく思う。この学校の沿革を日本史に例えるなら今は《明治》で、アタシがいた頃は《幕末》だったんじゃねえかって。  アタシには幕末までの歴史が、全体的に大して変わってないように見える。  だけど明治維新が大きな境目となり、この国の歴史はそれまでの約千八百年余りと、それ以降のたった百五十年余りとで、ハッキリと分かれちまった。  国民の装いもそうだが、何が一番変わったかといえば、やはり物事に対するケリの着け方だ。  昔は己の主張を押し通すためなら斬り合いなんて当たり前だったのに、今じゃ誰もが無駄な血を流さずに済む――  ――まるで同じなんだよ、この学校と。  毎日喧嘩とバカ笑いに明け暮れて、そんな日常に変革なんか求めねぇ。それが喧嘩最強と呼ばれたアタシの母校。  番長を中心に創立以来ずっと栄え続けてきた、ヤンキーによる一党制の歴史……けどそれは、たった一人のよそ者によって瞬く間に没落しちまった。  そうやってアタシの居場所は……アタシたち、行き場のなかったヤンキーの居場所はこの学校から失われたんだ。  全てはあのたった一人の女教師のせいで――……        ● ● ● 「私の話は以上です。では引き続き、本日より皆さんと一緒に学んでいただく教育実習生の方に、自己紹介いただきます」  令和元年、九月一日。金茶室女子高等学校、体育館にて。全校生徒が集うこの場所に、マイク越しの透き通ったハスキーな声が響き渡る。  その声の主――若き女校長・外黒(とのぐろ)来舟(キフネ)の紹介で今、一人の教育実習生が舞台袖より颯爽と現れる。  たなびく漆黒の長髪に、百七十を優に超える身長を誇る、黒スーツの教育実習生。  かたやウェーブのかかったショートヘアの茶髪に、小柄ながらも灰のスカートスーツを着こなした校長。  そんな対照的な美貌の持ち主が壇上ですれ違うだけで、同性ながら全校生徒の目は釘付けになる。  だが羨望の眼差しとは裏腹に、教育実習生は冷めた目で校長を見やり、それを校長は不敵な笑みでいなした。  まもなく教壇の前に立ち、全校生徒を睥睨(へいげい)する教育実習生。  彼女の瞳に映る女子生徒たちの面構えは、いかにも品行方正な者ばかり。中には夏休み明けデビューでメイクの濃い者もいるが、彼女にとってはどれも同じにしか見えない。  ここであらためて彼女は思う。この学校にはもう、かつてのようにガン飛ばしてくるような活きのいい奴はいない、と。  馳せる思いを握り潰すように荒々しくマイクを取り、一旦深呼吸。  そして静かに告げる。たった一言だけ。若者らしいフレッシュさなど捨てて、番長らしくドスを利かせて。  それが彼女なりの、金茶室高校流=茶校流(チャコール)の挨拶だ。 「軍将(ぐんじょう)五十鈴(イスズ)……夜露死苦(ヨロシク)
/53ページ

最初のコメントを投稿しよう!