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序章・第二話 【和親条約】
「だけど本当に久しぶりというか……初めてだよ、卒業生がこういう形で来てくれるなんて」
「へぇ」
「それより軍将さん、大学は心理学専攻なんだね。イメージと違うっていうか、ちょっとビックリ……」
「そーッスか」
「う、うん。あの~……軍将さん、私のこと覚えてる?」
「《泣く子もダベる田門》だろ?」
「やっぱそういうイメージなんだ、私……」
かったりぃ始業式が終わって、アタシは担当の女教師と共に、早速とある教室へ。
そこまでアタシをナビゲートするのは、この茶校で校長を除けば唯一の顔見知りである、数学担当の田門桜。
コイツももう三十路になるのか。それなのにオドオドした態度は、アタシの在学時から全然変わらねぇな。
「あっ、軍将さん、ここね!」
と、案内されたのは一年C組の教室。よりによって、アタシが昔いた教室。
……当てつけかよ。
「はい、みんな席ついて~……ほら、あの……時間だから……」
か細い声で生徒らに呼びかける田門だが、誰一人として聞く耳を持たず。勝手に自習してる生徒もいれば、数人でスマホ片手に会話を弾ませているグループもいやがる。
それでもやっぱ真新しいものには目がねぇんだろうな。どいつもこいつも一斉にアタシを好奇の目で見てきやがって。
あいにくだが、見学されるのはアタシじゃねぇ。テメェらの方だ。
「あれ? えっと、軍将……さん?」
「ここで見てりゃいいんだろ」
誰の目も意に介さず、アタシは教室の後ろで生徒用の小ロッカーにケツをもたれさせ、高圧的に腕組みしてみせる。
どうせ見学だ。それにここは母校だ。だったらアタシのやり方でやらせてもらうぜ。
「(さすが元ヤン……)ああ、はい。じゃあそこでいいです……えっと、彼女が今日から来た教育実習生の――」
「軍将五十鈴!!」
下手な紹介なんかいらねぇ。どうせたった二週間しか世話にならねぇんだ。
ただ、あえて声を張ることで教室全体に緊張感を走らせてやる。これで少なくとも田門、ヘタレのお前にとってはやりやすい環境になっただろうよ。
「アタシのことはいいから、気にせず進めなよ」
「は、はい……じゃあホームルーム始めます……」
● ● ●
「あ~、かったりぃ」
あれから三限に渡る授業が終わり、放課後。今日はまだ二学期初日だから、生徒は昼から下校だ。
しかしアタシにはまだまだ説明やら何やら残ってて、今のこの時間だけ、ようやく息抜きできるわけだが――
『美の秘訣は?』
『どうやったらそんなに身長伸びるの?』
『彼氏は?』
『元ヤンなの?』
――ただでさえ退屈な授業を立ちっぱなしで見学した挙げ句、合間の休憩では生徒たちからの質問攻め。おかげで体がバキバキに固まっちまった。
それにアタシってば苦学生で、この後夜にもバイト控えてるし……なので今のうちに、外の新鮮な空気をしこたま取り込んでおきてぇんだ。この懐かしい《一階屋上》でよ。
茶校の校舎は一階部分だけ、校舎からせり出したように面積が広い。中は来賓も利用できるエントランスになっていて、その屋上は昔から生徒たちの溜まり場だ。
そう、ここはアタシらヤンキーの居場所だったんだ……昔は。
白く塗装が施された防護柵にもたれて、ぞろぞろと帰っていく生徒たちを見下ろす。
そこに懐かしい風景を探しても、やはり面影は見当たらず。あらためて時代の変化を思い知らされる。
逆に変わってなかったのは《泣く子もダベる田門》と、あと――
「ここから見る景色は懐かしいかしら?」
――ふと聞こえてきた声に嫌々ながらも振り向いてみれば。
校舎の二階通路に通ずる出入り口、そこから腕組みしながら近づいてくるのは、わざとらしい笑みを浮かべた校長・来舟。今回の実習で、アタシが誰よりも会いたくねぇようで会いたかった敵だ。
「挨拶くらいしたらどう? とくに今は校長と教育実習生なんだから、立場くらいわきまえてもらわないと」
「黙れ。今さらアンタを敬う気なんざサラサラねぇよ」
「まぁ、ずいぶん嫌われてしまってるわねぇ。淋しいわぁ……卒業生で顔見せてくれたのはアナタが初めてなのに」
「自業自得だろうが! アタシら生徒から居場所を奪っといて、今さら綺麗事抜かしてんじゃねえよ!」
「居場所ねぇ……ウッフフ。そこまで言うなら、どうしてアナタは戻ってきてくれたの?」
アタシがどんなに声を張り上げても、顔色一つ変えずに挑発的な問いかけをしてくる来舟。
ここでブチ切れようものならアタシの負けだ。だからここは教育実習生らしく一旦落ち着いて、柵から離れて至近距離で来舟と向き合う。
そして正々堂々と答えてやる。アンタがもっとも忌み嫌うであろう答えをな。
「……番長だからだ」
「番長、ねぇ……」
アタシの答えがそんなにおかしいのか、来舟は小バカにしたような笑みを浮かべた。
今やヤンキーなど毛ほどもいねぇこの茶校で、こんな肩書きが何の意味も成さないことくらいわかってる。
だとしてもアタシにとっちゃ、どうしても手放せねぇ大事なアイデンティティだ。
だからアタシはヤンキーの代表として、今の茶校の代表であるアンタに真正面から毅然と立ち向かってやる。
「アタシは今でもアンタを教師として認めねぇ。いくらヤンキーとはいえ、生徒を暴力で鎮めたアンタなんかなぁ……!!」
「認めないなら、どうするの?」
強気で過去を突きつけてやったのに、悪びれるどころか、むしろ開き直ってみせやがった来舟。その薄ら寒い笑顔が、余計にアタシをイラつかせる。
ここで昔のアタシなら、本気で殴りかかってたかもしれねぇ。
けど、そうしないのは単純にアタシが成長したのと、あとはやはりコイツの本当の力を知っているから。だからこそアタシは……!!
「逆に認めさせてやるよ、アタシのやり方を。同じ教師という土俵で、暴力ナシになぁ!」
今一度、アタシがわざわざ母校にカムバックした最たる理由を声高々にぶつけてやる。
するとこの決意表明が効いたのか、来舟の表情から一瞬だけウザい笑みが消えた。だが、すぐにまた能面のごとく外面のいい笑顔に切り替えて――
「……いいでしょう。だったらアナタの教育方針とやら、示してもらいましょうか」
――と、上から目線な言葉とは裏腹に、うやうやしく右手で握手を求めてきた。
「……何のつもりだよ?」
「大人の挨拶よ。あくまで同じ土俵に上がると言うのなら、これからは同業者として仲良くしましょ?」
何が挨拶だ、挑発の間違いだろ? 差し出されたその右手に、今までどれだけアタシの仲間がやられたかと思うと、虫唾が走ってたまらねぇ。
でもまぁ、この際だからアタシも教えといてやるよ。いつまでも弱いままのアタシじゃねえってな。
「……夜露死苦」
あくまでもアタシなりの挨拶で、冷たい大人の手を握り返してやる。それも力いっぱいに。
そしたら、さすが来舟だ。五十を超えるアタシの握力に対して同等か、もしくはそれ以上の力で握り返してきやがって。
やがて血の気が引いてきたところでアタシの方から強引に手を振り解き、後は何も言わず、そそくさと校舎の方へ立ち去ってやる。
ポケットの中で未だにヒリヒリする右手……安心したよ。アンタが昔と何も変わってねぇ証拠だ。
この痛みに誓って、アタシは今度こそアンタ自身に過ちを認めさせてやる。
それだけじゃねぇ、必ず懺悔させてやる! あの人に……アタシに本当の居場所をくれた、あの人たちに。
「……力、強くなったわね。五十鈴ちゃん」
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