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『ムカつくわね…。そろそろ間違えてくれないかしら』
「……本人の前で言う事?」
ちょっと…、いや、かなり個性的なこの人は、俺達の母親だ。
不定期に電話を掛けてきては、外国語だったり、数式だったり、歴史の年号だったりと、色々な問題を出してくる。
今回は韓国語で会話することが課題だったらしい。
…まあ、いきなり『リーマン予想について、あなたの持論を聞かせなさい』って言われた時よりはマシか。
__これは、俺と母さんの賭けなのである。
『…もうそろそろやめにしない?不毛だわ』
「やだ。そしたら母さん、俺を学校に通わせるだろ」
…そう、きっかけは、俺が中学3年生になった日のことだ。
俺は家族皆の前で、「高校は行かないから」と宣言した。
もちろん、両親に猛反対された。特に母の反対が酷かった。…まあ、優にぃは、「彩都を高校なんて場所に行かせたくはなかったから、好都合だがな」と喜んでいた。
母と父は、心配そうに「不安でもあるのか」と言ってきたが、俺は首を横に振り、ただ「高校には行きたくない」と言い続けた。
両親の言いたいことは分かる。高校に行った方が就職も楽だし、メリットしかない。
……けど俺は、もう“疲れた”んだ。
両親は渋々納得した。だが、突然母が立ち上がったかと思えば、俺と優にぃを指して、こんな事を言ってきた。
「だったら、私が時々あんた達に問題を出す!それに答えられたら、次の問題を出す日までは高校に行かなくても良いわ。けど、もし間違えたら、高校に行ってもらうわよ!」
「な、なんで優にぃもなんだよ!」
「だって、優も彩都が高校行かないのに賛成なんでしょ?それだったら優も同じだわ」
「母さん!「彩都。いいよ。俺もその手に乗った」…優にぃ……」
「彩都。頑張ろうな」
「……っ! うん!」
…という訳ですよ。
その翌日に、「色んな国を巡って、彩都と優が知らないような難しい問題を出してやるんだからっ!」と言って、父を連れて行って旅立ったのは、びっくりしたけど。
でも一ヶ月に一回は帰ってきてくれるし、その間会えなかった分だけ甘やかしてくれる。
それに、親戚の人とかがたまに家に来てくれるから、寂しくはない。
…分かってるんだ。母さんなりの優しさだってことも。無理矢理でも反対を押し通せば良かった。でも、そんなことしなかった。
母さんが他国に行った日に、父さんから電話があった。
どうやら、母さんは口癖のように、「あの子達は大丈夫かしら…」とか、「このお土産、優にぴったりね。あら、これは彩都に似合うわね!」など言って、口を開けば俺達のことばかり喋っているらしい。
それに加え、俺が意思を告げた夜、母さんは父さんに、「あの子が、あんなにしっかりとした意見を言ってくれたのは初めてね。…なんだか嬉しいわ」と言っていたそうだ。
父さん曰く、俺達が問題を間違えても、高校に行かせるつもりはないみたいだ。
ただ、母さんが素直になれないから、“問題を出す”という方法で、コミュニケーションを取ろうとしているだけなのだとか。
それを聞いた時、俺と優にぃは思わず顔を見合わせて笑ってしまった。
__意外と母さん可愛い所あるんだな。
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