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「それじゃあ、敦さんはなんで俺が〈アヤメ〉って分かったんですか?」
まさか優にぃみたいに声で分かったとか…?
これでも優にぃとゆう以外の人の前では意識的に声を変えてるんだけどな…。
恐る恐る聞くと、敦さんはいやいや、と首を横に振る。
その反応を訝しんでいると、敦さんは優にぃに目線を向けた。つられて俺も視線を追う。
「私は教えてもらっただけだよ。東雲くんにね」
「えっ!?」
目を丸くすると、優にぃはムッと顔を歪ませて敦さんを睨む。
「誤解させるような言い方をしないで下さい」
そ、そうだよね…。優にぃが俺の不利益になるような事に関してうっかり口を滑らすなんてあり得ないから、恐らく優にぃなりの考えがあってのことなんだろう。
なーんだ、とほっと息をつくと、敦さんは少し目を見開いた。
「随分と信頼されているんだね」
「当たり前です。俺と彩都の仲ですから」
謎の主張をして誇らしげにする優にぃに苦笑して、敦さんに向き直る。
「詳しく教えてもらえますか?」
敦さんは頷いて、また優しく微笑んだ。
「そうだね…、とても突然だったんだ」
敦さんが言うには、優にぃはある日前触れもなく理事長室に来て、理由も話さず「弟を学園に通わせたい」と言い出したそうだ。
勿論、最初は敦さんも断ったらしい。だけど優にぃから“提案”をされて、それなら、と了承をしたんだと。
「その提案、とは?」
気になったので聞いてみると、敦さんは優にぃをちらりと見た。どうやら優にぃが答えた方がいい質問らしい。
優にぃはその視線に気づいて、「あー…」と気まずそうにしたものの、すぐに口を開いた。
「それは、『弟を生徒として扱うのではなく、放送委員長として扱う』みたいなやつ…だな」
「放送…委員長?」
優にぃが当時の台詞をそのまま口に出す。どうやら説明するのが面倒になったらしい。
敦さんがはぁ、と呆れたようにため息をつく。すみません、うちの兄が。
「この学園にはね、放送委員会というものがそもそも無いんだよ」
「それは珍しいですね…」
どの高校にもあるはずの組織なのに。ここまで大きな学園に放送委員会が無いというのはかなり衝撃だ。
「勿論、作ろうとはしたんだが、ここはかなり個性が強い子がいてね…。『入った人が自分好みの声じゃないと耳障り』っていう意見が多数寄せられたんだ」
疲れたように息をついてコーヒーを一口飲む。その姿から、どれだけ試行錯誤し、その末に諦めたかが窺える。
「もうそれ、個性というよりかは我儘じゃないですか」
素直に声に出て、すぐに口を覆う。敦さんは理事長なのだ。故意ではなかったにせよ、自分の学園に通う生徒に対する否定的な言葉は聞きたくないはずだ。
「いや、いいんだよ。自分でも分かっているつもりだから。…はあ、なんでこんなことに……」
敦さんのいつものにこにこ笑顔が崩れて眉を下げる姿に、余程今まで苦悩してきたことが分かる。
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