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彩都と全校集会
無情にも閉められた扉が今だけは鉄壁に見えるのは気のせいだろうか。
最後の最後に爆弾を落とした彼には最早何の感情も湧かない。
「許してやってくれ」
隣を見上げると、優にぃが扉を見つめて苦笑していた。
「理事長は、推しに会えて緊張してただけなんだ」
「…え?」
緊張?敦さんが?
緊張どころか余裕綽々でしたが??
穏やかに笑ったり、少し揶揄ってきたり。大人な雰囲気凄かったんだけど…。
俺の心底不思議そうな表情を見て、優にぃはふは、と笑って頭を撫でる。
「普段はあんなんじゃないんだよ。無表情で、冷酷で。笑うところなんて見たことなかったな」
「嘘でしょ……」
終始笑みを絶やさなかった敦さんが?無表情?冷酷?彼は二重人格なの??
「信じられないよな。でも理事長のアヤメ愛は生徒全員知ってるから、彩都も慣れた方がいい」
「いや、慣れるって……」
学校の理事長が自分のファンなんて誰が思うだろうか。
「ここじゃない…?あやの部屋」
寝惚けたゆうが立ち止まり扉を指差す。
扉は質素な雰囲気で、紫色がしつこくない様に淡く塗られている。
「ふは、本当にアヤメのこと知り尽くしてんな」
「あはは……」
配信(P4参照)の時に質問コーナーをして俺が好きな色を紫色と答えたからだろうか。
部屋の前にカードを認証させるような液晶板があったので、試しにカードを当ててみると、ピッと短く機械音がして、すぐにガチャッと解錠の音が鳴る。
扉を開けると、中は広くて何人かと共同で使っても平気なほどスペースに余裕がある。
優にぃとゆうも入って、中を三人で見回る。
「あ、この部屋って……」
ある一室に入ると、俺の部屋によく似た構造になっていた。違うのは、ベッドがないという所だけ。
俺は制服を脱いでクローゼットの中にしまう。
学校に行かないのなら、普段着で過ごしてもいいよね。
制服を奥にしまって、段ボールからパーカーを取り出す。
それを着ていつも通りの安心感を味わっていると、優にぃが隣に来て、「着替えたんだな。いつもの彩都だ」と微笑んで、すぐに部屋を見渡す。
そして納得したように「ああ」と声を上げる。
「彩都、だいぶ前に配信で部屋の構造について簡単に話したことあったろ?それを参考にしたんだと思う」
「でもそれ、本当に少ししか話してないよ…」
その時を思い出すが、確か五分も話してなかった気がする。コメントで【配信環境ってどんな感じ?】と聞かれたから、簡単に答えたことがあっただけなのだ。
「まぁ、理事長だからなぁ…」
優にぃが苦笑している姿を見る限り、これは日常茶飯事らしい。普段は何をやらかしてるんだ。
ゆうの姿が見当たらないことに気付き、リビングに戻ると寝室の扉が開きっぱなしになっていた。
まさかと思い中を覗くと、案の定ゆうがベッドで熟睡していた。
きちんと制服は脱いだ畳まれており、机の上に置かれていた。
「アイツ…っ!」
優にぃが額に青筋を浮かべて拳を握ったので、慌てて落ち着かせ、「もうそろそろ時間じゃない?」とさり気なく話を逸らす。
こうなったものは仕方ない。朝早くから起きていたみたいだし、少しぐらい寝かせても良いだろう。
そう思って寝室を後にする。
「大体、彩都は裕翔に甘過ぎなんだ……」
時間が無いのは事実なのか、玄関で靴を履きながらぶつぶつと不満を垂らす優にぃに苦笑する。
妙なところで不貞腐れるのだから、困ったものだ。
「全く…。ほら優にぃ、こっち向いて」
素直に振り向いた優にぃに少ししゃがむよう伝えると、不思議そうにしながらも目線が合うような高さまでしゃがんでくれた。
優にぃの頬に手を添える。そして、
__その額ににちゅ、と優しくキスする。
口が離れると、優にぃは一瞬呆然として、すぐに雰囲気を喜びでいっぱいにした。
「彩都っ」
「はいはい、分かったから。いってらっしゃい」
今すぐにでも抱きついてきそうな優にぃをぐいぐいと前に押しやると、扉を開ける寸前で手首を掴まれる。
すぐにぐいっと引っ張られて、優にぃが俺の腰に手を添えてキスをする。
俺がしたのは額なのに、お返しが唇って何故。
前も言った通り、優にぃと軽く触れるキスはよくする。本人たっての希望だし、昔からよくしていたものだから、あまり違和感はない。
…だけど。
唇が離れて、優にぃが俺の頭に手を添える。
「……続きは、また今度」
口角を上げて、黒い目を妖艶に細めて。
こちらを愛おしそうに見つめるその目には、
(まだ慣れないんだよなぁ……)
扉を開けて出ていく優にぃを曖昧に見送ると、顔がほんの少し羞恥に染まる。
誤魔化すようにして、俺は配信部屋の機材セットを始めた。
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