217人が本棚に入れています
本棚に追加
/56ページ
「き、聞いてないんだけど!?」
「そりゃ、言ってないし♪」
衝撃の一言に目を見開いて問い詰めるが、それを諸共せず、逆にるんるんでさも当たり前のように答えるゆう。
あまりの温度差に怒る気力もなくなる。
「うう…。女の子…!青春…っ!!」
項垂れていると、後ろから苦しいほど腕に力を込められる。
「ちょ、ゆう…!苦し…ッ!!」
あまりの圧迫感に眉を顰めると、ゆうはほんの少し力を弱める。ほんの少しだけど。
「どうしたの、ゆう」
心配になり問いかけると、肩に頭をぐりぐり押し付けられて、ほんの小さく何かを呟く。
「何?なんて?」
「………やだ」
「えっ?」
駄々っ子のように表情をムスッとさせ、閉じ込めるように抱きしめられる。
「浮気だめ」
「う、浮気っ?」
思わず声が裏返る。いつの間に俺とゆうは恋仲になっていたんだ。
「あや、さっき言った。『ずっと一緒』って」
恐らく、印をお互いにつけ合ったときのことだろうか。確かに言ったけど…。
「おれのあや。いなくなっちゃだめ」
幼児返りしたように辿々しく紡がれる言葉に、既視感を覚える。
俺はゆうの頭を撫でながら、言い聞かせるように言う。
「ゆう、ゆう。俺は離れたりしないよ。離れるわけないよ。だから落ち着いて、俺はここにいる」
ゆうの俺に対する感情は、友情というより執着に近いんじゃないかと自分でも思う。
不安になると、たまにこうして発作のように俺から離れなくなる。
別に苦ではない。逆に安心する。
ゆうは“明る過ぎる”から。その屈託のない笑顔の裏には、しっかり人間らしい暗さがあるんだって、そう感じれるから。
周囲から見れば、俺も相当歪んでるんだろう。
だけど根本的に違うのは、俺は“ゆうが離れてもいい”って思ってること。
ゆうが俺から離れることは恐らくこれから先ないだろう。
だけど。だけれど。
もし、ゆうが俺の側からいなくなることがあるとしたなら。
(…俺は止めないよ、ゆう)
ゆうの好きにするといい。俺に執着するのも、飽きて捨てるのも。
だってその方が“楽”だから。
絶望せずに済む。恨むことも、悲しむことも、寂しく思うこともない。
__“あのとき”みたいに。
ゆうや優にぃを信頼していない訳ではない。俺が怖いだけ。怯えてるだけ。
だから俺は一切関与しない。ゆうがどんな選択をしたって、俺は受け入れる。
でも、少しだけ。ほんの少しだけ望むとしたならば。
(捨てるなら、早めにしてね…?)
なんて。こんなことを言ったら、ゆうは俺をどんな手を使ってでも部屋に閉じ込めるだろう。軟禁、なんて生易しいものでは済まないかもしれないな。
ふ、と自虐的に笑って、肩に当てられる頭をそっと手で掬う。
少し濁った瞳を揺らしているゆうの唇に、優しくキスをする。
口が離れると、ゆうが今度は俺の顔中にキスをする。
頬に額、鼻先や瞼。最後に唇に触れるだけのキスをすると、瞳に光が宿って落ち着いたように見える。
ゆうが不安になると、俺は必ず毎回これをする。
俺がちゃんとここにいるか。離れたりしないか。拒否しないか。
ゆうはキスで確かめて、安心する。
毎度のように行われるこの行為に、ゆうの体は安心するようになったのか、落ち着いたようで小さく息をつく。今は俺を優しく抱きしめている。苦しくない程度の力に安堵して、俺は画面に向き直った。
ステージ上に、さらりとした長い黒髪を一つに束ねた美人さんが立ち、マイクを手にする。
『それでは只今より、久遠学園全校集会を開式致します』
最初のコメントを投稿しよう!