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『彩都』
不意に画面から俺を呼ぶ声が聞こえた。
それが俺の大切な優にぃのものであると理解した瞬間、すぐに体を起こして画面に注目する。
優にぃは、画面越しでも分かるほど蕩けそうな笑みを浮かべた。
『…よくやったな』
カメラを持ち上げた優にぃは、カメラの側面に付いている小型マイクの近くに口元を寄せた。
直後、軽快なリップ音が耳朶を震わせて、性能の良い小型マイクはそんな音すらも鮮明に俺へ届ける。
そう、まるでそれは
(優にぃにキスされているような__)
「…っ!」
考えて、すぐに顔を赤く染める。
(何考えてるんだ、俺…!!)
頭を左右に激しく振って、そんな思想を頭から追い払うように目を瞑る。
ゆうが何かを察したのか、じんわりと不機嫌オーラが滲み出ている。
後ろが怖くて見れない。心なしかお腹に回された手に力が入っている気がする。
だらだらと冷や汗が伝う。
「あや」
「っ、ひゃい!」
平坦な声音に肩が跳ねるが、これ以上不機嫌にさせるとヤバいと俺の脳が言っている。
すぐさま後ろを振り向くと、待っていたのはゆうの顔で。
「ん、!?」
振り向いた瞬間に唇を奪われ、あっという間に舌が侵入してくる。
「…っん、ふぁ…、んむ……っ、」
いつもより少し強引なキスに、ゆうが苛立っていることが分かった。
口内をめちゃくちゃにされながらも、ゆうの頭に手を伸ばす。
優しく頭を撫でると、一瞬動きが止まる。
一際大きく口を吸った後、ゆっくりとゆうの口が離れていく。
どちらの物とも分からない唾液を飲み込むと、ゆうは口の端から溢れる唾液を舌で舐めた。
驚いて目を見開くが、先程とは違い、優しく穏やかな感触が、まるで『ごめんね』と謝っているように感じた。
ゆうの頬に手を添えると、すり、と甘えるように擦り寄ってきた。
その行動に、少しだけ笑みが溢れる。
慰めるように優しくキスをすると、ゆうは目を丸くして、すぐに目を細めた。
明らかに柔らかくなった雰囲気に、ほっと安堵の息をついた。
『これで納得しただろう。今後一切、異論は認めない』
凛とした声が画面から聞こえる。
生徒さんは未だに放心状態の人で溢れているが、誰も反対意見はなさそうだった。
優にぃが、副会長さんに目線を向ける。
副会長さんはハッとした後、動揺を隠すようにしながら『これで、全校集会を閉会します』と言い放った。
体から力がどっと抜ける。
「ふあ〜〜」
気の抜けた声を上げながら、思わず目の前の机に突っ伏す。
「お疲れだね〜、あや」
「ん〜」
いつもの緩い喋り方を聞いて、さらに安心する。多分これは、
「…実家のような安心感」
「え?」
「なんでもな〜い」
ふにゃふにゃと脱力して、足にもどこにも力が入らない。
「ゆう〜」
「ん、なに〜?」
「抱っこ」
「……え?」
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