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12.雨の余韻を残した夜
レインキャッチャーの外に出ると、あれだけ激しく降っていた雨が上がっていた。雨粒をまとった街はぼんやりとした光をあちこちに宿らせている。しっとりと雨の余韻を残した夜の空気。佳史が歩きはじめようとしたその瞬間。
『迷い犬 飼い主を探しています』
レインキャッチャーの看板に、そんなフライヤーが貼りつけられているのに気づく。店に入るときには激しい雨で気づかなかったのだろう。
そこに印刷されている白い子犬は、青空に浮かぶ白い雲のようにふわふわとした体毛。両目と鼻だけが黒い。
「迷い犬か」
このあいだの忘れ物の箱といい、この店はいつもなにかを探しているな……。佳史は今度こそ歩き始める。でも、あの箱の持ち主は見つかった。白い子犬の飼い主だってきっと……。
佳史は家に帰り、パソコンの前に座る。真っ白なディスプレイを見つめる。私は目の前のコーヒーに対して誠実に向き合うしかありません。それがコーヒーを上手く淹れたいという夢を叶えるのだと、私は信じています。そんなマスターの言葉を思い出す。
そのとき、久しぶりになにか書けるかもしれないという思いが佳史の胸にふと湧き起こる。佳史の手はキーボードを叩きはじめる。野田さんはどんな感想を言ってくれるだろうかと、頭の片隅で思いながら。
(おわり)
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