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11.そうであればいいと思っている
マスターは少し照れくさそうな笑顔を浮かべた。そばで二人の話に耳を傾けていた晴人くんも小さくうなずいた。激しい雨はまだ降り続いている。
「今でもときどき、うまくコーヒーが淹れられたかどうか、自信を失いそうになるときもあります。もちろん、さまざまなお客さまがいらっしゃますからね。このコーヒーの味をほめてくださるお客さまばかりでもないですし……。すみません、愚痴が過ぎました」
申し訳なさそうな顔のマスターに、すかさず佳史は告げる。
「そんなことないです。マスターのコーヒー、美味しいですよ。だから、ぼくだってこの店に通ってるんです」
「ありがとうございます」
マスターがふたたびお礼を述べた。佳史はカップを手に取り、コーヒーをひと口飲む。カフェインが効いていて、それでいてミルクの甘みが広がる。この味に不満はない。
「コーヒーを淹れることは毎日の積み重ねなんだと思うんです。だから、私は目の前のコーヒーに対して誠実に向き合うしかありません。それがコーヒーを上手く淹れたいという夢を叶えるのだと、私は信じています。そうであればいいと思っているのですが」
マスターの言葉に佳史は大きくうなずく。
考えてみれば、コーヒーを淹れることに限らず、どんな仕事だって毎日の積み重ねの上に成り立つものだ。毎日の積み重ねの上にした物事は成し遂げられない。それはきっと小説を書くのも同じ……。
佳史の頭にふとそんな思いが浮かんだ。目の前の小説に対して誠実に向き合うしかない。そうすれば……。
佳史は残りのコーヒーをゆっくりと味わった。
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