04.追い詰められたネズミ

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04.追い詰められたネズミ

 言うまでもなく、小説家になるのが佳史の夢だ。けれど、夢を抱くこととその夢を叶えることとのあいだには大きな隔たりがある。足がすくみそうなほどの深い谷底を見下ろす崖っぷちに立ち、崖の向こう側との距離にめまいさえ覚えるほどに。  仕事が終わり、家に帰る。シャワーを浴びて夕食を準備し、それを食べる。それから気力と体力が残っていれば執筆にかかる。休日は朝から執筆に時間を費やす。佳史はそんな生活を送ってきた。  もともと小説は学生時代に書きはじめた。通っていた大学に文芸同好会があり、そこで佳史は同じく小説を書く学生たちに出会った。祥吾と出会ったのもそのサークルだ。  そんなサークルで、佳史をはじめとした学生は小説を書いては学生向けの文芸コンクールや一般の文学賞などに送った。そして当たり前のように落選し続けた。それでもなにかをつかみ取るために、佳史たちは小説を書き続けた。  そんな学生たちも大学を卒業して就職すれば、小説の執筆をやめていった。社会人になってからも小説を書き続けていた者たちも、やがては執筆をやめていった。一方で佳史と祥吾は小説を書き続けた。三十歳を過ぎても。 「なんのために小説書いてるんだろうな」  ときおりふとそんな疑問が胸に浮かばないわけでもない。もちろん、なにかの賞を取って周囲の人に喜んでもらいたいだとか、自分の書いた小説を多くの人に読んでもらいたいという理由はある。  けれど、それだけじゃない。でも、それだけじゃないとすれば、他にどんな理由があるだろうか。そう考えると、佳史は自分が袋小路に追い詰められたネズミのような気分に陥った。
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