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07.あっけないほど簡単に
「とにかくオレはもう小説なんて書かない。そう決めたからな」
電話の向こうで祥吾が吐き捨てた。レインキャッチャーで話をしてから一ヶ月以上が過ぎていた。
「もったいないよ。学生の頃からずっと書いてきただろう?」
「ふん」
佳史の言葉に祥吾は悪態をつくばかり。
「ネットでさ、悪口書かれたくらいでやめるまではないだろう?」
電話の向こうの祥吾は沈黙したままだ。
佳史は祥吾がネットに上げた小説を読んだ。そしてそこに書かれた悪口とも言える言葉をいくつか読んだ。なるほど、たしかに心を折るような言葉でもあった。それにしてもそんな言葉で心折れるような奴じゃなかったはずだ。祥吾という奴は。
「とにかく、それだけじゃないんだよ。今までいつか小説を書くのをやめる日が来るんだろうなって思いながらここまで来たんだ」
電話の向こうの祥吾がゆっくりと佳史に告げた。石板に楔形文字をしっかり刻みつけようとする石工の奮闘みたいに。
そんな祥吾に佳史はなにも言えない。いつか小説を書くのをやめる日が来る。それは佳史だって薄々感じていることでもあった。
「ま、人間はなにかを諦めるのは簡単なんだよ。人間は大事にしていたものをあっけないほど簡単に手放すときが来るんだぜ、佳史」
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