08.銀色をした冷たい光

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08.銀色をした冷たい光

 無言のままの佳史に祥吾は言葉を続ける。さっきよりは穏やかに。 「仕事だって忙しいしさ。それなりに責任ある立場になってくるだろ? 仕事にも小説にもって両方に全力で打ち込めるわけがないし、どっちつかずって実は無責任なんじゃないかって気づいたんだ」  祥吾の言うことは正しい面もある。だからこそ、佳史はなにも言えないままに祥吾の言葉を聞くしかなかった。 「とにかく小説を書かないと決めたらさっぱりしたよ。ところで佳史は今はなにか書いてるのか?」 「ううん。ぼくのほうもぜんぜん書けないままなんだ」  それはある意味ではお前のせいでもあると言いかけて、佳史はあわてて言葉を飲み込んだ。 「ま、オレよりもお前の方がまだ可能性がある」  祥吾は佳史にそう告げて電話を切った。ため息をつき、佳史はパソコンに向かった。しばらくディスプレイを見つめる。やっぱりなにも書けそうもなかった。画面は真っ白のまま。佳史はカーテンを開き、真っ暗な夜空を見上げる。銀色の丸い月が浮かんでいた。  オレよりもお前の方がまだ可能性がある。そんな祥吾の言葉が耳に残った。それはある種の呪いのように響いた。  もう諦める時期なのかもしれないな。  佳史は銀色の丸い月に問いかけるようにそうつぶいた。月はなにもこたえないまま、銀色をした冷たい光を街に投げかける。街は銀色の光に染まっている。まるで凍りついたように。
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