6人が本棚に入れています
本棚に追加
08.銀色をした冷たい光
無言のままの佳史に祥吾は言葉を続ける。さっきよりは穏やかに。
「仕事だって忙しいしさ。それなりに責任ある立場になってくるだろ? 仕事にも小説にもって両方に全力で打ち込めるわけがないし、どっちつかずって実は無責任なんじゃないかって気づいたんだ」
祥吾の言うことは正しい面もある。だからこそ、佳史はなにも言えないままに祥吾の言葉を聞くしかなかった。
「とにかく小説を書かないと決めたらさっぱりしたよ。ところで佳史は今はなにか書いてるのか?」
「ううん。ぼくのほうもぜんぜん書けないままなんだ」
それはある意味ではお前のせいでもあると言いかけて、佳史はあわてて言葉を飲み込んだ。
「ま、オレよりもお前の方がまだ可能性がある」
祥吾は佳史にそう告げて電話を切った。ため息をつき、佳史はパソコンに向かった。しばらくディスプレイを見つめる。やっぱりなにも書けそうもなかった。画面は真っ白のまま。佳史はカーテンを開き、真っ暗な夜空を見上げる。銀色の丸い月が浮かんでいた。
オレよりもお前の方がまだ可能性がある。そんな祥吾の言葉が耳に残った。それはある種の呪いのように響いた。
もう諦める時期なのかもしれないな。
佳史は銀色の丸い月に問いかけるようにそうつぶいた。月はなにもこたえないまま、銀色をした冷たい光を街に投げかける。街は銀色の光に染まっている。まるで凍りついたように。
最初のコメントを投稿しよう!