これはきっと、慰めじゃない

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便器に座り込みながら、通知が0件のスマホを開く。まだ三分しか経っていなかった。昼休み終了まで、あと三十二分。今日は何をして時間を潰そう。無料ゲームはもうやり尽くしたし、新しい漫画アプリでも入れようかな。いや、やっぱり、校内の散歩でもしよう。火曜日は主事のおじさんも休みだから、話しかけられることもない。いかにも昭和育ちという雰囲気のおじさんは、一人で校内散策をしている僕に出会うと、もう何度も聞いた昔話をしてくる。いい人ではあるのだろうし、事実人気な人ではあるけど、僕は彼の無神経な態度に、黒板を爪でひっかいたようなどうにもならない不快感を感じてしまう。 すっと立ち上がって鍵を開けようとしたと同時に、それまで静かだったトイレ内に、大きな足音と下品で盛大な笑い声が響き渡った。足音からして複数人。じっと息を潜めて、正体を確かめる。どれだけ否定したくても、僕の脳は一つの結論を出す。まさか、ほんとうにあいつらだとは。三人組の、いわゆるクラスの一軍男子。彼らは基本、用を足しに来た訳では無い。友達が居なくて、楽しく過ごせるはずの昼休みを一人でトイレで過ごしている僕をからかいに来たのだ。「なあ、そんなに毎日腹痛くなって、大丈夫?ww」「ばか、やめろってww」「特別に俺らが診てやるから、中に入れろよ、寺井くん」僕は、固く口を閉じて、ただただこの時間が早く終わるのを祈る。初めのうちは抵抗もしていたけど、その様子がどうやらクラスラインに上げられていることを知ってからは、ひたすら耐え忍ぶようになった。苦しいけど、どうにもできないんだからしょうがない。しばらくして、彼らは満足気にトイレを出ていった。それを確認してから、僕も逃げるように飛び出した。もうこの場所もダメだ。暫くは、新しい場所を発見するのに忙しくなるだろう。 最近の学校生活は、ずっとこんな感じだ。無責任な塾の勧めと高校のネームバリューに取りつかれた親の期待を背負って、本来の実力より随分高いところに運良く滑り込んだ。元の中学出身のやつが一人もいなかった僕は、始業式時点である程度出来上がっていたグループに全く馴染むことができず、一年前まで一切無縁だった、孤独と付き合う日々を送るようになった。一人ぼっちがこんなに苦しいなんて、想像すらしてなかった。地元では、特別目立っていた訳でもないが、普通に友達がいて、当たり前に授業についていけて、毎日が充実していたと思う。高校入学は、中学最後の運動会より、文化祭より、そして卒業式よりも、かつての日々がいかに奇跡的で、貴重なものだったかを、僕に痛感させるのだった。 午後の授業を終えて、終業のチャイムが鳴り響く。みんな、部活に行ったり、教室でだべったり、近くのカラオケに行ったりする中、僕は一人で帰路に着く。南中してまもない太陽は、日陰者を焼き払うがごとく、燦々と照りつけている。少しでも日が当たらないように、木陰の間を縫って進む。家に帰ったら、全く勉強に着いて行けなくなった僕にすっかり失望しきった母が気力のないおかえりを言って、新しい塾の話をしてくるだろう。この頃、両親も喧嘩することが増えた。成績にてんで無関心のくせして、責任を全て母に押し付ける父と、そんな父に対してヒステリックに騒ぎ立てるばかりの母。そんな最近のルーティンを思い浮かべた僕は、どうしようもなく憂鬱な気分になって、踵を返す。家から逃げるように、足早とどこかへ向かう。気がつくと、中学時代の一番の遊び場であった、大型のショッピングモールの前だった。高校に入ってからほとんど金を使っていないため、財布には五千円以上ある。随分歩いてだいぶ汗もかいていたし、なんとなくの思いつきで、とりあえず入ってみることにした。
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