これはきっと、慰めじゃない

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肌にピタッと張り付いた服の違和感を感じながら、空調のきいたモール内をあてもなく歩き回った。最後に来たのはたった一年前くらいだけど、かつての店はほとんど姿を消していて、何千円費やしたか分からないゲームセンターでさえ、韓国のマッサージ店に変わっていた。過去への喪失感と現在の孤独感が同時に襲い、不意に涙が出そうになった。グッとこらえて、スマホで時間を確認すると、丁度晩飯くらいだった。どうせ、今帰っても間に合わない。それに、いつも以上に母から怒られることを想像すると、どうにも家に帰る気にはなれなかった。腹を満たすべく、近くのラーメン屋に入った。そこに深い思い出があった訳ではなかったが、中学時代からあるこの店は、不思議と僕に安心感を与えた。 晩御飯の時間であるにもかかわらず、待つ必要はなかった。今では珍しいカウンターに腰かけ、ラーメンを待つ。店内を見渡してはっきりしたが、どうやら、あまり繁盛はしていないらしい。それでも、根強いファンが多いのか、ショッピングモール創設から続く老舗だそうだ。ラーメンがきて数分経ったくらいだろうか、沢山席はあるのに、よりにもよって隣に誰かが座ってきた。体格からして、僕と同じ高校生だろう。彼は僕と同じメニューを頼んだ後、まじまじと僕の顔を見つめてきた。なんだよこのやな客と思って、目を伏せるように顔を覗き込んだ。多分、同時だったと思う。そいつが僕を寺井だと気づいて、僕がそいつを村木だとわかったのは。 「え!!やっぱテラッチだよね!?てか久々すぎ!なんでこの店いんの?てか結局高校どこ??」 矢継ぎ早に質問を浴びせてから、ふと冷静になったのか、改めて再開を事実だと認識したのか、嬉しそうに彼は笑った。反射的に笑い返したが、髪を染めて、ピアス穴の跡がある姿を見て、打ちひしがれるような思いだった。そんな様子を気にする素振りも見せず、「母ちゃんが風邪でさー、飯なくて、ここ慣れてるし、ラーメンっていつでも食えるじゃん?まじでなんとなく決めたんだけど、まさかテラッチョいるなんて思わなかったわー」「へ、へ、へー、そうなんだ、大変だな。俺はー、まあ、…なんとなく、食いたくなって」今日、朝に母とおはようを交わしただけの喉は、自分のものじゃないかのようにコントロールが効かず、上手く喋れない。「あー、そうなん。てか、高校どう?」「まあ、ぼちぼちかな。そっちは?」慌てて話題を変える。「いやー、ほとんど面子変わんないし、まじで中学の延長って感じ。テラッチと違ってバカ高だから、授業もまじ簡単w」「おー、そっか。いいなー」「えっ、何が?」「え?」しまった。無意識に、ふと出てしまった。「い、いや、面子変わんないと、色々楽じゃね?」「うーん、まあそうだけど、やっぱせっかく高校行ったからには、新しい友達作りたいわー。テラッチョんとこは、なんか面白いやつとかいる?」「うーん、どうだろ…まあ、いる、かな。て、てか、あいつとかどうなん?鷲見は?」鷲見は、僕と村木がよくつるんでた、いわゆる学年のお調子者だ。「え?鷲見?あー、まじで昔と変わんないよ。この前もさー、掃除中に………」「え!まじ??」「そうwwあいつやばすぎ」よし、どうにかいい感じで話をそらせている。このまま、何事もなく会話を終わらせたい。残り半分もないラーメンをかきこむ。「てか、そろそろテラッチョの話聞きたいんだけど。」「だから、別に普通だって」「普通ってことはなくない?せっかく会えたんだから、ちょっと教えてよって言ってるだけなんだけど。なんか俺ムズいこと言ってる?まさか、高校ボッチとか?w」 背筋がヒヤッとする。すっかり乾いたはずの汗が再び背中を伝うのは、慌ててかきこんだラーメンだけのせいではないだろう。思わぬタイミングで一番痛いところを殴られて、僕の中で何かが壊れる音がした。もう疲れた。学校では嫌がらせを受けて、家では毎日息苦しくて、そして今、僕と対照的な人生を送っていそうな昔の友達に、どうしても隠しておきたい秘密に土足で踏み込まれる。もう疲れた。吐き出してしまいたい。打ち明けたい。相談したい。ただ聞いてくれるだけでいい。そう思ったのが先か、口に出したのが先か。多分、後者だ。 「……そうだよ」
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